第4話 先輩、メールします

「まさか…本当に一人でやり切ってしまうなんて…」


 一度寝て起きた今ですら、昨日のあれは夢だったんじゃないかと疑ってしまう、それほどに的確で素早い動きだった。


「はぁ…どうすれば良いんだ」


 大体どうして先輩はあんなことをするんだ…

 先輩の言葉から察するに俺に女の人と会話をさせたくないみたいだったけど、俺は今まで先輩に女性と話したくないとか、女性が苦手とかっていうことは伝えた事がないし、事実そんなことは一切無い。

 …周りから見たらどう見えてるのかは知らないが、少なくとも仕事が無くなるほどにまで遠ざけなければいけないほど女性との会話が苦手じゃないことだけは間違いない。


「ちょっと先輩にメールして聞いてみよう」


 俺はスマホを取り出して、先輩とのトーク画面を開く。

 バイト関連で先輩に連絡するのは珍しくない事なため、俺は特に緊張せずにメッセージを打ち込む。


「昨日は様子がおかしかったですけど大丈夫ですかっと」


 俺がメッセージを送ると、ものの数秒で既読が付いた。

 最初の方はこのことにも驚いていたが、今となっては慣れてしまって流石先輩、きっと人間関係が豊富なんだろうなと思わせられる一面となっている。

 既読と同時にすぐ返信も返ってきた。


『様子…ごめん、私昨日何かおかしかったかな?』


「…自覚が無い!?」


 …待てよ、落ち着いて考えてみると先輩からしてみればただただ真剣に仕事をしていただけなのかもしれない。

 …でもそれにしたって俺の接客に割って入ってくるなんて、前はキッチンのバイトだったけどそれでも割って入ってくるとか、なんなら一度くらいは起きてもしかたなさそうな行動が被ってしまってアクシデントが発生する、なんてことも無かったのに。


『昨日俺が接客してる時に割って入ってきたりとか…もし普通のミスとかだったら全然先輩のミスを摘発するようなつもりはないですし、いくら経験があっても慣れない環境での仕事でちょっと周りが見えてなかったとか、そんな理由があったなら本当気にしないで良いんです、ただ理由が知りたいだけなので』


 思っていることをそのままメッセージにしたため長文になってしまい申し訳ないと思いつつこのメッセージを送った。

 すると俺の長文とは相反して簡潔にメッセージが返ってきた。


『それは昨日言った通り、他の女の子と話して欲しくないからだよ』


「…あ」


 理解でき無さすぎて先輩がそんなことを言っていたことがすっかりと頭から抜け落ちてしまっていた。

 そうだ、この点についてもう少し追求してみよう。


『どうして他の女の人と話して欲しくないんですか?』


 ここで、俺が今まで先輩に一度だって言われたことが無いことを言われた。


『そのくらいは自分で考えて欲しいかな〜』


「あの陽織紅羽先輩がこんなことを言うなんて…」


 正直驚きを隠せない。

 たとえ何度説明したことであったとしても先輩は今まで丁寧に俺に説明してくれていた、一度だって自分で考えてなんて言われた事がない。

 …が、この事に関してはあっさりとそのカードを切った。


「どうなってるんだ…」


 で先輩がこんなにも頑なに教えてくれないなんて…何度でも言えるが今まで一度だってこんなこと────


「…そうか、ここだ、ここが違うんだ!」


 俺はバイトに関しては先輩に全方面に置いて今まで信頼を置いてきていた。

 それはバイト歴ゼロの俺に対して優しく丁寧に何から何まで教えてきてくれたという実績と、先輩の実力があったからだ。

 …だが、もし先輩がのことのせいで俺に対して教えたくないとか、俺のことを妨害してでも譲れないところがあるのだとしたら。


「…分からない」


 先輩と今まで一緒に居た時間数は数知れない。

 きっと家族を除けば男女含め一番一緒に居た人物と言って良いだろう。

 でもそれはあくまでもバイト中の先輩であって、プライベートな先輩ではない。

 つまり…


「俺は先輩のことを、…」


 知っていることと言えば名前と表向きの性格と年齢くらい…

 別にバイトの先輩と後輩で居る限りは、そんなに踏み込まなくても良いと思っていた。

 …その表現は少し違うか。


「踏み込む必要が無かったんだ」


 でも、今になって…その必要が出てきた。

 これからはバイトの先輩と後輩、それ以上の何かという関係性を見つけないと、俺は満足にバイトをすることができない。


「明日はバイトだ」


 切り替えて、明日を機に先輩との距離をゆっくりとでも良いから詰めていきたいところだ…ん。


『新君?』

『怒ってるの?』

『ごめんね怒らないで…別に意地悪で自分で考えてって言ったわけじゃなくて…』

『嫌わないで…』


「これは…!?」


 冷静に考えると既読スルーをしてしまっていて、先輩が思った以上に動揺してしまっているようなので俺は急いで心配要らないですという旨のメッセージを送信した。

 そのメッセージを送信すると、先輩は安心したようなメッセージを返信してくれて、また明日互いにバイトを頑張ろうという話でメッセージに一区切りが付いた。

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