第3話 先輩、どうしたんですか

「…先輩、教えてもらうって言っても、先輩って接客業なんてやったことあるんですか?しかもまだ入って長くても一ヶ月くらいだと思うんですけどなんでもう担当なんて持てる感じになってるんですか?」


「私暇つぶしに色んなバイトしてたから接客を教えるのなんて余裕〜!ってことを主張したら、よろしくねってことでそうなったんだ〜」


 そんな軽い感じで担当の人なんて決めても良いものなのか。


「じゃあ今から色々教えてあげるね!」


 それからとりあえずレジとかは一旦度外視して、テーブルの番号や入ってきたお客さんに対する対応の仕方だけ軽く教えてもらった。


「わかりました、今日開店したら早速実践します」


「ん、実践はしなくて大丈夫だよー」


「はい、頑張ってやらせていただこうと思いま…なんて言いました?」


「だから、実践はしなくても大丈夫だよって」


「…え?」


 どういうことだ…?

 教えてもらったんだから実践しないと身に付かない。


「実践しないと身に付かないじゃないですか、前のキッチンバイトの時だってまずは教えてもらってから実践って感じでした」


「今回は義務的に一通り教えただけで、接客なんて新くんはしないほうが良いの!」


「なんでですか!?」


 テンションこそいつもの先輩ではあるが言っている言葉がいつにも増して俺の理解を超えている。


「ていうか、あらたくんからメッセージもらった時驚いちゃった、なんで新くんこそ接客のバイトなんて選んじゃってるの?」


「え…?前キッチンのバイトをしたから経験の幅っていう意味では、次は接客のバイトとかして将来に活かせたら良いなって…」


「そうなんだ!色々と考えてて偉いね!…じゃなくて、接客って色んな女の子と話すってことだよ?」


「話すって言ってもちょっとした受け答えくらいじゃないんですか?別に先輩に女の子って限定されるほど俺女の人苦手じゃないですし」


 俺がしっかりと理論を組み立ててそう返答すると、先輩は。


「あ〜!もうなんで分かってくれないの〜!」


 叫んだ。


「あ、陽織さん、そろそろ開店だから準備よろしくね」


「はーい」


 だが一瞬で元に戻った、やっぱり先輩は切り替え力がすごい、そういうところはしっかりと見習うべきものとして学習しないといけない。

 店が開店になると、若い女の人たちが店に入ってきた。

 …よし、早速さっき先輩に教えてもらったことを実践するときだ。


「いらっしゃいませ、何名様で────痛っ!」


 俺がさっき先輩に教えられたことを実際のお客さん相手に実践しようとしたところで、先輩が何故か割って入ってきた。


「いらっしゃいませ、何名様ですか?」


「あ、四人です」


「かしこまりました、では席までご案内致します」


 先輩は完璧な接客でお客さんのことを席まで案内している。

 …どうしていきなり割って入ってきたんだ?

 先輩がお客さんのことを席に案内している間にも、若い女の人たちが来店した。


「いらっしゃいませ、三名様で────」


「いらっしゃいませ、三名様ですね、席までご案内します」


「え…」


 早い…なんでもうここに戻って来れてるんだ、ていうかどうして先輩は俺の妨害みたいなことをするんだ、前のキッチンバイトの時はこんなこと一度だって無かったのに。

 次は会社員の男性が一人で来店した。

 今度こそ…!


「いらっしゃいませ、一名様でよろしかったですか?」


「はい」


「かしこまりました、では席までご案内します」


 俺はさっき先輩がやっていたようにして男性のことを席まで案内する。

 …よし、とにかく実践することができた。

 先輩も今回は忙しいってわけじゃなさそうなのに割って入って来なかったし、ようやく接客の息が合ってきたってことなんだろうか。

 次は女子高生が来店してきた、俺と同い年くらいだ。


「いらっしゃ────」


「いらっしゃいませ、二名様でよろしかったですか?席まで案内します」


「ありがとうございまーす」


「え、超綺麗じゃない?」


 女子高生二人は先輩の魅力に惹かれながら席に案内されている。

 …やっぱりおかしい、今回はさっきまでと比べても割り込みの速度が速かったような気がするし。

 俺だけで考えてても仕方ない、手っ取り早く先輩本人を問いただしてみるとしよう。


「先輩!なんで俺とお客さんの間に割り込むようなことするんですか!」


「え…」


 それを聞かれた先輩は一瞬戸惑ったように見えたが、すぐに返事を返してきた。


「だって…が……もん」


「…え?」


「だって新くんが他の女の子と話すのなんて嫌なんだもん!」


「え!?」


 俺はわかりやすく疑問符から驚きに感情を変化させた。


「女の子と話すって、いらっしゃいませとか挨拶程度のものですよ?」


「それでも嫌なの!」


「俺そんなに先輩に心配されるほど女性苦手じゃないですよ…?」


 特段女性が苦手なんていう話はしたことがないし、事実そういった事実もないのに先輩はどうしてそんなことを気にかけてくれているんだろう。


「そういうことじゃないじゃん!」


「それに、先輩とはこうして話してますし」


「私は良いの!さっき他の女の子って言ったよね?」


 …俺の理解が追いつかない。

 …だがとにかく、今目の前のことに注目するとしたら。


「じゃあ先輩は一人で接客して一人でレジ打ちするって言うんですか?食べ物を運ぶのとかだって一人じゃできないと思います」


 俺は一見酷いことを言っているのかもしれないが、こっちだって怯んでられない…だが、先輩は強気に。



 と言い放った。


「…できるよって、いくら先輩でも一人で全部は────」



 こういう実力に基づいた自信っていうのは俺が先輩に憧れてる理由の一つではあるんだが、それは今じゃない…

 結局、今日一日は本当に先輩が全てを一人でこなしてしまい、俺はほとんど何もすることなく初日のバイトを終えた。

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