第71話 実正、友兵を集結させること

 家秀はふみをしたため終わると、数人の郎党雑色を呼んで言いつけた。


「この文は、二品様への報告書である。そなたら必ず生き延びて……いや、場合によっては命に代えても、必ずや鎌倉へ届けてくれ」

 食糧、防寒具、その他もろもろの必要品を充分に持たせ、家秀は使者たちを送り出した。


「われらは権五郎の右目になる」

 と、家通は実正に言った。「われら討たれても、友軍が必ずや敵を滅ぼしてくれるじゃろう。われら死しても、われらの忠義は無駄ならず、必ずやわれらの子孫が、その果実を得ることじゃろう」


「ヘッ」と、実正は唾を吐き飛ばした。「こんなことが、前にもあったよな」


「ハッハッハ、石橋山じゃ。まさかあのような思いを二度までするとはな。人生はわからぬものよ」

「なに、俺たちは運が強い。また生き延びるさ」

「……うむ、そうじゃな」


 雪が小止みになってきたようである。

 実正はふたたび立ちあがると、自軍の兵を集め、集落の広場に集結させた。


 実正はありったけの酒をこの広場に集めさせ、兵たちに気前よくふるまった。

 寒さに縮まりこんでいた兵たちは、大喜びで酒壺に群がった。


 雑色たちが新しい酒壺を、担い棒につるして運んでくる。

 実正は「おい」と、かれらに声をかけた。

 酒を杯についでやり、手渡した。

「遠慮するな。お前たちも飲め」


 主人の武者のほうを見て、なおも遠慮するような目をした雑色たちに、実正はあたたかい声で言った。

「今は無礼講だ。俺たちはみんな、鎌倉からやってきた兄弟なんだ。遠慮するな。好きなだけ飲め」

 雑色たちが喜んで酒を飲み干す様子を、実正は嬉しそうに眺めた。


 ふと気がつけば、人々の集まりからすこし離れて、かつて郎党のひとりだった男が、今は仲間からもさげすまれ、身分の低い雑人のようになって、哀れな薄着姿で、ぶるぶるとふるえていた。


 ――男には、左右の手がなかった。


 実正は、みずからの熊皮を脱ぐと、男に羽織らせた。

 杯に酒を酌んできてやり、男の口元につけ、そっと飲ませた。

「帰ろう、帰ろうな」

 ただそれだけ、耳元に声をかけ、男の肩をゆさぶった。

 男は涙にあえぎ、嗚咽おえつした。


 感極まった実正は、台上に駆けあがって、叫んだ。

「鎌倉の兄弟たちよ」

 吹雪が舞いあがり、実正の睫毛まつげにも、つもってゆく。


「鎌倉の兄弟たちよ、聞くがいい。これよりは、われらの最後の戦となる。敵の重囲を抜いて、友軍のいる平泉を目指す。諸君らには必死になって戦ってもらいたい。その必死の戦いの先に待っているものはなにか?」

 兵たちは、じっと黙って、若き大将軍を期待に満ちた目で見つめている。

「楽しい正月だっ」

 実正が言うと、くすくすと笑い声が起こった。

「あったかい温泉だッ」

 どっと笑い声が湧きあがった。

 ――それは生命の奥底から噴きあがってくる、切なる笑声であった。


「おまえら、知ってるか? 伊豆ってのは『湯がいずる国』って意味よ。俺はここにいる全員を、上から下までひとり残らず、伊豆の国へ招待する。伊豆にはたくさん、あったかい温泉がある。俺たちはみんな、あったかい国で温泉につかりながら、美女をはべらせ、ありったけのご馳走と、うまいうまい勝利の美酒にひたろうじゃないか」


 わっと、兵たちが騒ぎ立つなか、実正は力強く拳をふりあげた。


「兄弟たちよ、帰ろう。伊豆へ、鎌倉へ」


 オォゥ――怒涛のような歓声が、雪の大地をふるわせた。

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