第69話 秀清、秘めたる思い

 翌日、秀清は母とともに、景義の屋敷を訪れた。


 土産がたくさんあった。

 砂金、金銀の細工物、名産の毛地摺もじずぎぬ、鷲の羽根、海豹あざらしの皮まである。


 昨日、しっかりとお礼を言ったのだが、改めてもう一度、秀清は母ともどもに深々と頭をさげた。

「今まで本当にありがとうございました。長の年月、大庭殿がご尽力くださったおかげで、このように御家人の列に加えていただくことが叶いました」


 ふさふさした白い眉を垂らして、景義も満面のまい顔である。 

「ふぉ、ふぉ。これはご丁寧に、いたみいる。わぬしが戦場から無事に戻ってきてくれただけで、わしには嬉しい。烏帽子姿も、よう似おうておるぞ。所領はどうなった?」

「奥六郡のうちから、数ヶ郷の所領をいただきました」

「うむ、それはよかった」

「しかし、これからどうやって奥州の果ての所領を治めていけばよいのやら、見当もつきませぬ」


 景義は、ふぉふぉと笑った。

「それは無理もない話じゃ。なに、わしなど若い頃は京にいて、大庭のやりくりをしたものよ。わしが色々とやり方を教えて進ぜるゆえ、安心召されよ」


 聞いているのか、いないのか……秀清はすこしのあいだ鬱々うつうつと物思いをしていたが、急に顔色を変え、真剣なまなざしで景義を見つめた。

「帰ってきたならば真先に、大庭殿にお尋ねしたいと思うておりました」


 ふいの態度の急変に、景義も居住まいを正した。

「なにごとぞ」

「軍中で、私は今まで知らされていなかった話を耳にしました」

 言いづらそうに、しばし言葉を留め、やがて思い切ったように言った。


「……殿?」


 しん、と、沈黙が流れた。


 京極局は予想もしていなかった息子の言葉に息を呑み、ただおろおろと、息子と景義とを見比べるばかりであった。


(このような時が来ることは予想していたが……答えざるをえまい)

 景義は、重々しくうなずいた。

「まことである。鎌倉府の決定に従い、わしがそなたの兄、河村三郎義秀を、この手で斬った」


 聞くや、秀清は、がくりと肩を落とした。


嗚呼ああ……。私はその言葉、聞きたくはなかった。みな誰もが知りながら、今までそのことを私に隠していたのですね。母上もッ。私は、千鶴丸は、大庭殿が大好きでした。……それは今でも変らないけれど、今までの苦しみを思うならば、鎌倉府と大庭殿とを、恩人とみればよいのか、かたきとみればよいのか、わかりませぬッ」

 胸のうちの激情を吐き出して、秀清は蒼ざめた顔でうつむいた。


「四郎殿ッ」

 母は真っ青になって、秀清を叱りつけた。「滅多なことを言うてはなりませぬ」


 景義はしかし、情け深い色を目に浮かべ、秀清をつくづくとうち眺めるのだった。

(千鶴丸……あの四歳の童が、知らぬ間に大人になっていたのじゃな)


 ふっとひと息吐くと、声を落ちつけて、景義は言った。

「その話、そなたが一人前になった暁には、打ち明けねばなるまいと思っていた……」


 沈黙がのしかかるようにして、三人の胸を締めつけた。


 ――往来から、騒がしい賑わいが聞こえてくる。

 いまだ浮かれ気分で戦勝に湧き立つ人々の喝采、なにやらわからぬ叫び声、歌声、楽師が打ち鳴らす太鼓の音――


 耐えかねたように、秀清は突如、深々と一礼した。

 身をひるがえすや、その場を立ち去ろうとした。


「待てッ、秀清ッ。まだ、話のつづきが……」

「四郎殿っ」

 ――その声を背に拒み、秀清は座敷を飛び出した。


(……おっと……)


 門のところで、葛羅丸は、走り抜けてゆく秀清とぶつかりそうになった。

 あわてて一歩退き、道を譲った。

(――?)


 秀清は、葛羅丸には目もくれず、人々の往来のむこうに駆け去った。

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