第65話 鎌倉軍、平泉に入ること
鎌倉軍はついに奥州の都、
叩きつけるような
数刻に及ぶ戦の果て、奥州軍の敗色が濃くなるや、泰衡は先祖代々の
火はじわじわと燃え広がり、栄華を極めた高殿も、その内を飾るきらびやかな調度品の数々も、記録文書の山々も、すべては
猛火は雨と激しく争い、あたり一円が、
鎌倉軍の本営が平泉に入ったのは、その翌夕のことである。
あいかわらずの激しい雨が、異国の武者たちの上に、暗く、冷たく、降りそそいでいた。
人なき都にただよう静寂――
おびただしい瓦礫の下に
町の一角に、ただ一宇、焼け残った高倉が見つかった。
煤まみれの扉を打ち破った武者たちは、たちまち目の色を変え、狂喜乱舞した。
内部はさまざまの
日本のものばかりではない。
海外からも集められた名宝珍宝の数々が、鎌倉人たちの目と心を驚かせた。
――美しい宝箱はどれも、
宝箱のなかには、金銀財宝が満ちあふれている。
黄金製の
象牙の笛。
御殿や仏殿のための、きらびやかな宝飾品……
黄金製の鶴、純銀製の猫。
鮮やかな赤で染め出した、
日本では造ることができない、縫い合わせのない、幅広の布。
貴重な漢方薬もある……牛玉は牛の結石、
そのほか、金の器に盛られた白銀塊が、百皿――。
藤原秦衡が首を討たれたのは、翌
かれの身を滅ぼしたのは、みずからの郎党の、裏切りであった。
◆
奥州合戦は、決着した。
平泉に降る雨を見つめながら、頼朝は考えた。
(日の本のすべてが、わが統制下に置かれた。これで、この国から
十歳の時に起こった保元の戦で、祖父を失い、親しい親族を多く失った。
十三の時に起こった平治の戦では、父を失い、ふたりの兄を失い、家財を失い、郎従を失い、官職を失い、名誉を失った。
人生のもっとも多感な時期に、戦のために、あらゆるものが奪い去られた。
罪人となってからは、なおいっそう、考えた。
かれの身が苦しみ、心が苦しんでいた。
どうすればそれができるか。
『この国から戦をなくすために、戦をする』
それが、かれの出した、ひとつの答えであった。
この答えが正しいかどうかは、後の世の人々が、必ず判断するであろう。
とにかくも、ここにおいて、頼朝はその目的を達したのであった。
(……鬼武者丸……お前の戦いは終わったぞ)
頼朝は、ひとりごちた。
この行軍のなかで、かれの心に鮮烈な印象を刻みつけたものがある。
それは、平泉の寺院の数々であった。
それらの寺院は、京の都と変わらぬほどに、あるいはそれ以上に、巨大にして華麗であった。
頼朝はこの奥州を、まさに「神仏の国」であると思った。
(於八重と千鶴丸だけではない。鎌倉のために
黄金をふんだんに使い、輝ける仏の世界を見事に具現した平泉の寺社を巡りながら、頼朝はそこに未来の鎌倉の姿を重ねあわせるのだった。
※ 余談ですが、当然ながら後世の歴史は、「その後も戦はなくならなかった」ことを示しています。頼朝が生きている間は均衡が保たれていましたが、頼朝が没してしまうと、幕府内の内部抗争が激しくなっていきます。
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