第50話 武者たち、噂話をすること

 この日、奥州では、越河こすごう関の戦いに勝利した鎌倉方の武者たちが、髭面ひげづらをつきあわせ、命がけの戦闘をふり返り、興奮ながらに語りあっていた。


 なかでも一番の話題は、敵方の少年のことであった。


「あれは敵将、金剛別当こんごうべっとう秀綱ひでつなの息子、秀方ひでかたというらしい。奥州軍がみな敗走するなか、ひとり残って鎌倉軍を切り塞いだのよ。わが方の武者と一騎討ちになったが、その強いこと強いこと。剛力も剛力。齢十三とは思えぬほどじゃったわ」


「へぇ、十三」

「確かにそう聞いたぞ」

「で、どうなった?」

「まあ、しまいには討たれてしもうたがのう。敵とはいえ、年少のつわものが命失うは、惜しいものよ」


 しみじみ、そう呟いたところへ、別の者が物知り顔で割り込んできた。


「なに、わがほう方にもイキのよい童子がおったらしいぞ」

「おおッ、それよそれ」

 武者たちの顔が一斉に、ぱっと輝いた。

「その童子――こちらも年は十三くらいじゃろうか――先の戦いで、いちはやく先陣に飛び込み、数人の敵を討ち果たしたそうじゃ」


「わしは間近に見たぞ」と、またひとりが声をあげた。「わらわが鬼神のような形相で敵と戦っておったわ」


「わしも見たっ。あれは不動明王の使者、制多伽童子せいたかどうじの生まれかわりよ。女人のように美しい幼な顔を、返り血で真ッ赤に染めておった」


「ほう、それは見てみたかったのう。……して、その者の名は?」

「名はわからぬが、あちらこちらで見たとか見ないとか、噂が立っておるぞ」


 こうして謎めいた制多伽童子の話が口々に伝わると、噂が噂を呼び、陣中に神秘的なひびきをもって囁かれるようになった。

 その姿を一目見てご利益りやくにあやかろうと、陣中を尋ね歩く者まで現れて、千鶴本人の預かり知らぬところで、その人気は熱狂的に高まっていった。


(鎌倉軍内に、剛勇無双の童子がいる)


 ――この噂は、清近の耳にまで届いた。

 あちこちから聞こえてくる話をよくよく吟味してみれば、それはまさしく千鶴のことだとわかった。


 藤九郎が、あわてた様子で藤沢の陣にやってきて、清近を掴まえた。

「神次殿、例の剛勇無双の制多伽童子……」

「千鶴――のことでありましょうか」

「うむ、うむ。その噂に二品様がご興味を持たれてな、制多伽童子を御前にお召しになりたいというのだ」

「まことですか?」


 抜け駆けをいつ罰せられるかと、内心、腹をくくっていたところへ、この朗報である。

 真実を知る清近は、驚き呆れるしかなかった。


 ……と同時に、景義の深謀遠慮にも思い及んだ。

(なるほど。平太殿はこのような事態が起こることを予想されておられたのか。戦場に武勇をふるう童子とは、いかにも従軍の兵たちが好みそうな話だ。出陣前にのは、人々の噂を呼ぶためか……)


 清近は早速、千鶴に顔を洗わせ、身なりを整え、抜かりなく目配りしてやった。

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