第49話 京極局、お百度を踏むこと
三
――鎌倉御所、北の対。
しん、と静まり返った、つねならぬ静寂が恐ろしいほどである。
「心配でしょう?」
「御台所さまも。二品さまのこと、さぞかしご心配であられましょう」
美しい
「わたしは千鶴丸のことを話しているのです」
京極は、どんな顔をしてよいやらわからぬように戸惑い、うつむいた。
於政は今年、三十三になる。
京極は、それより少し若い。
「都で御所勤めをされたあなたが、この御所に来てくれて、右も左もわからぬわたしたちはどれほど助けられたことか。公式の場での衣服のしつらえ方にはじまり、都のお客人をお招きした時の寝殿のしつらえ、礼儀作法に至るまで、いろいろと教えてもらいましたね。だからわたしは、あなたに助けられた恩をお返ししたいと、いつも思っているのですよ」
恐縮する京極に、於政はいっそう身を近づけた。
「男たちのいない今だから、わたしの気持ちを明かしましょう」
と、於政は声をひそめ、京極の耳元に口を寄せた。
「……千鶴が女児なら、どれだけ楽だったことでしょう。わたしもあなたも、いくつもの不幸を見てきました。鎌倉に仇なした縁者をもつ男児は、たとえ幼くとも……それが生まれたばかりの赤子といえども、罪を許されません。かれらを救おうと思って救えなかった悔しい思い、つらい思い、惨めな気持ちを、わたしは今でも忘れてはおりませぬ」
於政のささやき声が、怖いほどに凄みを帯びた。
それは木曽義仲の子、義高のことであった。
義経の赤子のことであった。
於政の心をこめた助命嘆願も、鎌倉の裁断を
京極もそれらの悲劇を間近でつぶさに見てきているから、悔しい気持ちは於政と同じ、いや、それ以上である。
それらの事件を思い、わが子、千鶴丸のことを顧みれば、返す返すも
京極は生唾を呑み込み、ひりつく喉をふるわせた。
「御台所さまが慈悲ぶかいお心で千鶴丸を
「河村義秀が斬罪に処せられたことを思えば、千鶴丸の身も、危険な状況でしたもの。あの子は御所の女たちがみんなして匿い、時には卑賤の童だと言い
「できることとは?」
「お百度を踏むのです」
――翌日、於政は女官たちを集め、鶴岡八幡宮で百度参りを行った。
鳥居と拝殿のあいだを百往復し、百度の参拝祈願を行うのである。
京極のみならず他の女官たちも、子供が、夫が、父親が、兄弟が……多くの縁者が奥州に出征していた。
彼女らは鎌倉のために、出征した者たちのために、繰り返し繰り返しお百度を踏み、汗もしとどになって祈りつづけた。
(どうぞ千鶴丸がため、わが命お削りください……)
愛するわが子を生み出すためならば、母親はわが身の苦しみも厭わない。
わが身苦しむことで、千鶴がもう一度、つつがなく目の前に帰ってきてくれるならば……。
切なる心で、京極はわが子の無事を祈りつづけた。
※
ふたりは御所中では「御台さま」「冷泉どの」などと呼び合っているが、あいかわらずの幼友達で、仲が良い。
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