第44話 鎌倉軍、勝ちに乗ること

 けたたましく笑いどよめいたのは、鎌倉の武者たちである。


 すでに山塊のむこうに日は沈み、武者たちは豪勢な焚火を囲んで、夕餉ゆうげに興じていた。


「敵を討ちはらった後の酒は、いかにも美味じゃのぅ。明日はいよいよ敵の本陣を直撃よ」

「おいおい、頑張ったのはではなく、先陣の兵や人足たちではないか」

「ガハハ、細かいことを言うんじゃない。勝てばよいのよ、勝てば。グワハハハ」


 あちらでもこちらでも、武者たちは浮かれ気分で、宴のように盛りあがっている。


「貴殿、名はなんと申す」

 と、横から見知らぬ武者が、気さくに尋ねてきた。

 有常が名を答えると、相手は少し思案顔になって視線をさまよわせたが、「おおッ、思い出した、波多野次郎殿」と、たちまち喜びを弾けさせた。


「一昨年の流鏑馬は、ほんに、すばらしかった。よう覚えておるぞ。まあ一献」

「いや、私は酒はやりませぬ。それに、今では『松田次郎』と名乗っておりますれば」

「そうかそうか。おい、みんな、殿じゃぞ。流鏑馬の達人じゃ」

「達人などではありませぬ」

「食い物を持って来い、酒もじゃ」


 人々は騒ぎながら集まってきて、みな童のような目で、有常に流鏑馬の話を聞きたがった。

 知る者も知らぬ者もつどいあい、酔い心地のうちにひたいをつきあわせて弓矢の話などしていると、誰もが古くからの友人であるかのような気がしてくる。


(忘れていたな、こんな気持ち)

 腹の底から楽しさがこみあげてきて、有常の顔は自然に輝いた。

 長の年月、孤独な囚人生活を送っていたその分だけ、喜びは何倍にもふくれあがるのだった。


 大きな焚火のむこうでは、人々が車座になり、初老の武者の話声に、熱心に耳を傾けていた。

 押入おしいれ烏帽子の下から胡麻塩ごましお髪がはみ出しているこの武者は、工藤くどう五郎親光ちかみつである。

 かの石橋山で、肥え太った父親を逃がそうとして、巨体を持ちあげようとした、あの親光である。


 かれが懇々と話しているのは、昔、自分が従軍した数々の戦での手柄話であった。

 それもそのはず、この男の戦歴は、尋常のものではない。

 かの保元合戦にはじまり、源為朝を討った大島合戦、以仁王もちひとおう挙兵の宇治橋合戦、頼朝挙兵の山木合戦、石橋山の大敗走戦、以後うちつづいた平家との諸合戦――名だたる多くの戦場を身をもって潜り抜け、奇跡的に生き延びてきた、筋金入りのつわものであった。


 聴衆の輪のなかに、千鶴もいた。

 かれは好奇心いっぱいにさまざまな質問を投げかけ、親光のほうは一々それに答えているうちに、お互いの心のうちに奇妙な友情が生まれてきた。


 親光は千鶴の横に、腰かけて尋ねた。

「童子、いくつじゃ? 名はなんという」

 幼げにおろしている前髪に無遠慮に手を伸ばしながら、親光が尋ねた。


 嫌そうにその手を払いのけ、千鶴は答えた。

「藤沢殿麾下きか、千鶴丸。生年十三」

 声がわりもまだである。


 親光は感心して、ため息をついた。

「十三か。若いのう。千鶴丸よ、わしはそなたが気に入った。いいことを教えてやろう。戦の話じゃ。聞きたいか?」

「聞きたい」

 と、千鶴は目を輝かせた。


「誰にも言わぬか。藤沢殿にも」

 千鶴は、こくりとうなずいた。


 親光は用心深くまわりを見回すと、千鶴のやわらかな耳たぶにガサガサした唇を寄せ、くすぐったく囁きかけた。


「今日の合戦で奥州軍は阿津賀志山を退き、越河こすごう関の辺りまで引きさがった。……これは内緒の話じゃがな……抜け駆けして、敵陣を奇襲する。すでに幾人かの将が結託してのことじゃ。

 そなた、藤沢殿の麾下とな。藤沢殿は後方に陣してござるから、前線に出ることはあるまい。藤沢殿の下にいてはそなた、いつまでたっても手柄は立てられぬぞ。どうじゃ、一緒に来ぬか」


 『手柄』と聞いて、千鶴は一も二もなく、うなずいた。


「ならば夜明け前に、工藤の陣に来い。さすれば連れていってやる。よいか。このこと、藤沢殿には勿論、他の誰にもけして口外してはならぬぞ」

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