第41話 由比屋敷の会合

 その晩、由比屋敷に集まったのは、景義、景兼、有常、清近、千鶴丸、葛羅丸であった。


 一同が揃った途端、清近が興奮を抑えきれぬ様子で口火を切った。

「この度の奥州合戦、われらにとって願ってもない好機です。千鶴を連れてゆきましょう。戦功を立てさせるのです」

 華々しい戦功をあげれば、恩赦おんしゃたまわり、御家人に加えてもらうことも夢ではない。


 景義はうなずいた。

「もちろん、わしもそれを考えていたところじゃ。異存はない。千鶴、そなたはどう思うておる」


「出陣します」

 千鶴は顔を勇ましくして、はっきりと答えた。


 清近はうなずいた。

「千鶴は今年、十三。まさに元服げんぷくの年です。早速元服させて、初陣ういじんを飾らせましょう」


 元服と聞いて、千鶴の顔がにわかに明るくなった。

 かれは一刻もはやく、大人たちの仲間入りがしたかったからである。


 だが意外にも、景義がそれを制した。

「まあ、待つがよい。千鶴を元服させてはならぬ。それについては、わしに任せておけ。わしに考えがある」

「しかし、わらわのまま軍中に伴うなど、あまり見栄えのよいことではありません。元服させるべきかと」


「いや、ならぬ」

 他ならぬ景義がそこまで強く言うことならば、誰も反対のしようがない。

 千鶴自身も不本意であったが、童形どうぎょうのまま、戦陣に加わることとなった。


 景義は、有常と向かいあった。

「有常、そなたは一度、出家をさえ志した身。もし戦をいとうならば、わしの一翼として、留守役として居残ることができるよう、わしが申し出るが、いかがする?」


 有常は、しっかりした顔つきで、首を横にふった。

「大おじ上、お気づかいのほど、いたみいります。しかし私は出陣いたします。私を認めてくださった、二品様の御恩に報いるため。千鶴の力になるため。それに一度、戦場というものをこの目で見てみたいと思うております。私は大叔父の波多野五郎義景殿の麾下に入ります」


「そうか、わかった」

 景義は深くうなずき、今度は息子のほうを向いた。

「小次郎。そなたは留守番じゃ」

 景兼は驚いて悲鳴をあげた。


「父上、それはひどい。私も出陣して、千鶴を助けます」

「ならぬ。『留守役も、大事の御役目』と心得よ。そなたは鎌倉にいて、わしが行なう兵站へいたんのやりくりを学ばねばならぬ」


 景義は、景兼だけに見せる厳しさで言った。

 立派な嫡男に育てあげようと、心を砕いているのだろう。


「葛羅丸」

 と、末座に控える郎党に、景義は呼びかけた。

 覆面の葛羅丸は、長い黒髭をゆらしながら、のっそり一礼した。


「神次殿。葛羅丸を千鶴の郎党として、連れて行ってやってはくれぬか。葛羅丸は弓の手練れ。治承の大戦を経験し、戦場というものをよく心得ている。必ずや千鶴の力となってくれよう」

 清近に異存はなかった。


 千鶴は、葛羅丸の大きな体を見あげてから、軽く頭をさげた。

 葛羅丸も、千鶴を見て、うなずいた。

 ……千鶴は、いまだに、それが兄だとは知らされていない。


「みなみな、よいかな」

 こうしてすべての話がまとまると、景義はぱちりと蝙蝠扇かわほりおうぎを打ち叩き、衆の視線を集めた。

「それでは神次殿、初陣の若者たちに向けて、歴戦のつわものたる和殿から、戦の心得を」


 清近は胸の筋肉を盛りあげ、軍神いくさがみのごとくに顔を赤らめ、鍛えられたその声で、ばりばりとうつばりをふるわせた。

「聞くがよい。戦は一瞬の気の抜かりが、命とりになる。どんな時も気を抜くな。常々よく気合を入れ、一々の行動に腰を入れよ」


 清近はひとりひとりを、じっくりと見回した。


「そなたらは今まで多くの稽古を積み重ねてきた。しかし、板的いたまとや野の鳥獣を相手とし、未だ、人を射たことはない。よいか、これだけは言うておく。敵人に相対あいたいした時、躊躇してはならぬ。躊躇すれば、すなわち己の死を招く。己が持てる力を手加減すれば、敵人への礼節をも欠く。今まで苦労して培ってきたすべての力を、敵人にむかって叩ッ込めッ。全力をもって戦うは、武人に対する武人の礼節である。それが、つわものの道である」


 炎と燃える清近の言葉に、若者たちは圧倒され、思わず生唾を呑み込んだ。


「有常、葛羅丸。千鶴を助けてやってくれ」


 水盃みずさかずきが用意され、戦場に赴く者も、居残る者も、一同、万感の思いでさかずきを交わすのだった。

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