第28話 長江義景、立ちはだかること

 その後も数度、有常の出番がやってきたが、有常はことごとく的を射抜いた。


 御家人たちはうなった。

 この日の射手のなかでも、有常は抜群の技量、出色のできばえであった。


 頼朝はすこぶる、機嫌がよかった。

 流鏑馬が終わると早速に、有常を御前に召し出した。

 そこにいるのが、かつてちらりと顔をあわせた西行の弟子だとは、つゆほどにも気づかない。


「波多野有常、神妙しんぴょうなり。曩祖のうそ、藤原秀郷の名に恥じぬ抜群の射芸であった。褒美をとらせよう。何を望むか」


 有常は頭をさげ、いまだおさまらぬ動悸に息を荒げながらも、容儀を乱すことなく、堂々と答えた。


「ありがたき幸せにござりまする。先の合戦にて父に連座し、罪を被って後、まことに七年の月日が経ちました。その七年のあいだ、私は二品様のお役に立てるような御家人になれる日を夢見て参りました。どうかわが家の罪を、父の罪をお許しください。そしてどうか私を、御家人の列にお加えくださいませ」


「七年……もうそんなになろうか」

 景義と実正が赦免を乞いにきた厳しい冬の日のことが、頼朝の胸におぼろに思い出された。


 七年前、頼朝の目に映った有常は、どこかはかなげな少年であった。

 それが今、背丈も伸び、逞しい肉もつき、真っ黒に日焼けして、見違えるほどに堂々とした青年になっている。

 その素晴らしい成長ぶりを思えば、頼朝はいっそう味わいぶかい感慨を覚えた。


「有常よ、七年のあいだ、よくぞ耐えた。耐え抜いた。波多野義常の罪を赦免し、そなたを御家人の列に加えよう。みなみな、異存はあるまいな」


「お待ちください、二品様ッ」

 鞭打つような鋭い声――長江義景である。


「その者が反逆者の子息であることは、変わりありません。その反逆者の子息が、並々ならぬ武芸を備えているとは、まさにそのことこそ、危険極まりないものと考えます。大庭景親の子、木曽義仲の子、義経の子、……それら反逆者の男子に対して、鎌倉はすべて果断の処置を下して参りました。今もまた、断固たる処置をこそ、とるべきです」


 正論であった。

 大庭の陽春丸だけの話ではない。

 木曽義仲は、鎌倉に子息義高を人質として差し出していたが、義仲が滅びた時、子息もまた誅された。


 頼朝の弟、義経は平家追討の立役者であったが、かれもまた頼朝と敵対し、ついには身をくらませた。

 その妾であるしずか御前は鎌倉に連行され、義経の子を生んだ。

 生まれた子が女子ならば、救われるはずであった。

 だが男子であったために……悲しい結末となった。


 景義が、すかさず反論した。

「しかし有常自身は、治承の戦には平家方にくみしてはおりませぬ。この景義の保護の元にあったのです。われらが身内も同然」


「黙れィ、景義」

 義景は激して叫んだ。

「ここまで反逆者の子を飼い育てた貴様も、同罪。鎌倉に仇なす者よ」


「なにを言う、有常はこの景義にとっては、わが子も同然。親がわが子を幕府のお役に立つよう育てるのに、なんの咎があろうや?」


 景義と義景はまっこうから火花を散らして睨みあった。

 実正もいきり立ち、喧嘩腰になって、長江の陣営を睨みつけた。

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