第25話 人足たち、おしかけること

 そればかりではなかった。

 ふところ島の人足たちがわいわいと、荷車を引いて駆けつけてくれた。


 荷車には、季節の野菜や海産物が山積みになっている。

 かれらは有常の居室の、裏庭に詰めかけた。


「どうしたんですか? こんなにたくさんの野菜を……」

 有常が縁頬えんがわから、目を丸くして尋ねると、ハダレがぎょろ目をかっぴろげ、唾を飛ばしながら近づいた。


「今、親方に聞いてよ。次郎、おまえ、いくさに出かけるんだってなあ」

「戦……まあ、戦のようなものです」

 うなずいた有常に、ハダレはさらに詰め寄った。


「しかも、その戦にはよ、命がけで、たったひとりきりで出なきゃいけないんだろ? カァーーッ、二品様ってのは恐ろしいご仁だぜ。次郎みたいなお坊ちゃんを、そんな恐ろしい目に遭わそうってんだから……。オレらが代わってやりてぇが、オレたちゃあ、土木や田畑のことしかできねぇからよ、できるだけ精つけてもらおってんで、こうしてみんなでかき集めてきたんだ。な、みんな」


「みなさん……」

 人足たちの人だかりの背後から、縄五親方が、ばつの悪そうな様子で進み出てきた。

「次郎殿。わしゃ、不器用じゃから……いつも荒い言葉でどやしつけちまって、すまんかったなぁ。わしゃ、それが気がかりで……」

「そんなこと、いいんですよ……」

 にっこりと笑ってみせた有常に、黒鬼の縄五は、急に思い出したように顔をしかめさせた。


「流鏑馬とはいえ、それはあんたにとっちゃ、戦みたいなもんだ。わしゃ、戦の恐ろしさってもんを知っている。あの石橋山の戦、ありゃ今思い出しても身ぶるいするような、まさに地獄の光景じゃった。あの戦で、ふところ島の者たちは、ほとんどが倒れた。大人たちも若者たちも、たくさん死んだ。わしのこの頬の十字傷も、あの時のもんじゃ。だがわしは運がいい。これしきの傷だけですんだんじゃから。その幸運をぜんぶあんたに、やっちまいたいって思ってるんだ」


 熊のような真っ黒の毛深い手で、縄五は有常の日焼けした手を不器用ににぎりしめた。


「次郎どんよぉ、あんたなら、どんな戦にも勝てる。なんたって、おらたちと一緒に働いて鍛えあげたんじゃから。次郎どん、負けちゃなんねぇ。二品様なんかに、負けちゃなんねぇぞ」


 うしろから人足たちも詰め寄った。

「わしらぁみんなで八幡さまに祈っているからよ。必ずまた、元気な顔、見せてくんろ」

「必ず、ふところ島に帰ってきておくれ」

「必ずじゃぞ」

 いつもは口の悪い男たちが、みな口々に、真っ直ぐな励ましの言葉をくれる。

 あのオドロまでもが懸命な熱いまなざしで、こちらを見つめてくれている。

 有常は目頭が熱くなった。


「ええ、必ず、必ず……私は帰ってきます」

「そりゃ、イェーイ、イェイ」

 親方が金切り声で合図すると、人足たちは、いっせいに「オウッ」と答え、次の瞬間、有常の体は空中にさらわれていた。


「イェイ、イェイッ」「オウッ」「イェイ、イェイッ」「オウッ」

 有常の体は御輿にされて幾度も宙を舞った。

 手荒い応援に嬉しいほどもみくちゃにされながら、有常も一緒になって掛け声を張りあげるのだった。




 その夜には屋敷の女たちが、一枚の帷子かたびら折敷おしきに乗せて持ってきてくれた。


「これ、屋敷の女たち、男たち、次郎殿の成功を願って、思いをこめて、みんな一針ずつ、針を入れました。それを刺繍のうまい女たちが縫いあげて、完成させました」


 広げてみると、獅子しし牡丹ぼたん花の大きな文様が、様々の色糸であざやかに縫いこまれていた。


「ありがとう」

 有常は感動して、心のこもった大輪の花にッと見つめ入った。


「牡丹の花に結ぶつゆは、獅子身中の虫を払うという。この牡丹の花が、必ずや私のなかの弱気の虫を払ってくれることだろう」

「次郎殿、雄々しい獅子は、あなたさまです」

「ほんとうに、ありがとう。みなの思い、必ず受けとめて、この帷子を着て、本番に臨みます」


 有常が試着してみると、ぴったりと身の丈にあって、その勇壮な姿に、屋敷の者たちの笑顔の花が咲くのであった。

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