第19話 鎌倉の大祭、ひらかれること




   三



 この年、文治三年――


 頼朝は「放生会ほうじょうえ」を鎌倉府の祭事として正式に定めた。

 そして八月一日から十五日までの期間、不殺生に勤めるよう、関東じゅうにお触れを出した。


 これには幕府内で、多少の議論があった。

「民衆にも不殺生のお触れを出し、厳しく戒める。ただし、狩夫かりうどや漁夫など、それで生活を立てているものには、許可を出す」

 頼朝が言うと、僧職の者から、

「それでは放生会の意味がないのでは?」

 という意見が出た。


 また御家人のなかには、

「どうせやるならば、下々にも徹底させたほうが、幕府の威を示すことになりましょう」

 と言う者もいた。


「いや、それはいけない」

 と、頼朝は即座に首を横にふり、説明した。


「過去に朝廷で行われた放生会は、魚鳥の生命を慈しむ代わりに、漁業や狩りで生計を立てるものたちを飢え死にさせるようなものだった。魚鳥の命を尊ぶために、民の命を奪う。まったく、本末転倒とはこのことだ。

 私は平治の乱での敗走の折、遭難し、たまたま出会った鵜飼の夫婦に命を助けられた。伊豆山や北条では見ず知らずの漁夫たちが、親切に魚貝を届けてくれたこともあった。そうした出来事が、寄るべない流人の身であった私に、どれほど人情というもののありがたさ、あたたかみを味あわせてくれたことかわからない。……だから、かれらの気持ちも考えてやらねばならない」


 僧侶も御家人も、みな心を動かされ、頼朝の方針に賛意を示した。





 月が満ちる、満願の十五日……いよいよその祭日がやってきた。

 貴賎の見物客が、若宮大路を雲霞うんかのごとくに埋め尽くした。


 八幡神の御神輿おみこしが、段葛だんかずらを渡ってゆく。

 その脇の大路を、さまざまな色に着飾った御家人たちを前後に従え、頼朝のきらびやかな行列が由比ヶ浜へと行進してゆく。


 武者行列が浜に降りると、脚に金札をつけた鶴が次々と空に放たれた。

 わっと、観衆たちから歓声があがった。

 鶴たちはしばらくのあいだ、一匹一匹迷うように空中を旋回していたが、やがて群れを成して一斉に、呼び声に応えるかのように、天の一隅をめざし、逃れていった。


 その行方を見届けると、一行は八幡宮に戻り、今度は源平池に魚を放った。

 法会が営まれ、僧たちによって法華経が読誦どくじゅされた。


 回廊の斎場さにわでは、舞楽が催された。

 着飾った美童たちが、華やかな舞を舞う。


 最初の四人は、朱色の衣装で左方から現われた。

 大きな翼を背に、唐国からくにまいを舞い踊る。

 これは『迦陵頻伽かりょうびんが』という極楽に棲む鳥を真似たもの。

 世にも美しい声で歌う鳥といわれている。

 手にはそれぞれちいさな銅鑼どらを持っていて、折々に、小気味よい音を響かせた。


 次の四人は、右方より現われ、やはりせなには翼をひらめかせている。

 今度は鳥ではなく、かろやかな『胡蝶こちょう』である。

 春の野を思わせる萌黄もえぎ色の衣装を着て、手には色あざやかな山吹の花飾りを持ち、高麗こま国の舞を可憐に舞い踊る。


 この優雅な見ものは、太平の世の到来を願う、祈りの舞である。

 坂東の荒ぶる武者たちも、さすがにこの時ばかりは安堵のため息をつきながら、太いかいなで家族を引き寄せ、かけがえのない平穏の時をしみじみと噛みしめた。


 ――そしていよいよ、流鏑馬である。

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