第18話 有常、大事を告白すること

 大伯父と母尼の前でそのことを告白するのは、正直、心臓が押し潰されそうなほどに憂鬱であった。


 流鏑馬の本番とて、これほどの緊張はすまい、そう思えるほどであった。

 しかしこのまま黙っていたとしても、みおの腹がふくらんでくれば、いずれ騒ぎになる。

 早く告白しておいたほうがよい。


 有常は覚悟を決め、告げた。

 声がふるえていた。

「やや子ができました」


 景義は「ほう……」と言って、目を丸くした。


 母尼も驚き、即座に問いただした。

「相手は誰ぞ」

「みおです」

 すぐにみおが呼びにゆかれた。


「有常、そなたの気持ちを聞きたい。つまり、ほんの出来心なのか、遊びのつもりであったのか、たまたま偶然、ゆきがかり上の……」

「大おじ上」

 と、有常はいきり立った。「私は、みおを本気で思っております。みおは落ち込んでいる私をいつも励まし、いつも元気をくれます。私がこれまで頑張ってこられたのも、みおのおかげです。みおを妻にと、そう願っております」


 しばらくすると、顔を青ざめさせたみおがやってきて、おそるおそる有常の隣に、ちいさくなって座った。

「やや子ができたとは、本当かえ?」

 母尼が厳しい口調で問いかけると、かわいそうに、緊張に縮こまったみおは、ちいさな声で「はい」と返事した。

「本当に、有常の子かえ?」

「次郎さま以外の男には、肌に触れさせませぬ」

「嘘はなかろうの?」

「けして、けして」

 この詰問きつもんに、みおは泣きそうな目で有常に救いをもとめた。


 波多野尼は、複雑な心境であった。

 この複雑な気持ちは、母親としての息子への占有欲ばかりではない。

 みおのことは、よく知っている。

 気立てのよい、利発な娘だということも。

 このようないわくつきの身上の有常に見初められて、みおを不憫に思う気持ちもある。

 それとは別に、身分のつりあわぬ恋のゆくえが、この先、容易にはゆかぬだろうことも想像できた。


 かつて平家の御世に、波多野家がすべてうまく行っていた頃に、母は息子のきらびやかな未来を思い描いていた。

 都で、父と同じ名誉ある役職につかせて、良家から教養のある美しい姫を迎え、有常を誰からも文句のつけられようのない、父に勝るとも劣らぬ立派な波多野一族の総領に……かつて思い描いていた輝かしい息子への夢が、次々に裏切られてゆくのが、いいも知れぬほど哀しかった。

 母尼はひそかに、眉を曇らせた。


 それまで黙っていた景義が、ようやく口をひらいた。

「みおの家人かじんには、わしが話をつけにゆこう。しかしながら有常は罪人ゆえ、世間の耳目をはばかる身。このことは固く、内密にしておいたほうがよい。ふたりとも、わかっておるな?」

 有常とみおは目を伏せたまま、一緒にうなずいた。


「有常、みお」

 呼ばれて顔をあげると、意外にも、景義はあたたかな表情を浮かべていた。

「今より、みおをわしの養女とする。吉日を選び、内密に、婚儀を行おう」

「大おじ上――」

「これからは生まれてくるやや子のためにも、頑張ろうの」


 婚儀の日には、鎌倉から宝草も駆けつけ、みおと対面した。

「みお、あなたはこれからは武者の妻として、わからないことにたくさん直面するでしょう。私を母と思って、なんでも相談なさい。あなたと同じ気持ちになってあげられるのは、私くらいのものでしょう」


 みおも、宝草の噂は聞いている。

 思いがけない救いの手に感謝し、心細い思いが、すっと軽くなった。

「はい、御前さま」と、ふるえる声で答えた。


 宝草は、ほほ、と笑った。

「『御前さま』は、およしなさいな。『母上』……ではどう?」

「はい、母上」

 ふところ島の女ふたり、目を見あわせ、笑みあった。


 その夜、有常とみおはさかずきを交わし、秘密の婚儀は親族のみで行われた。

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