第12話 頼朝、西行をかきくどくこと

 こうして同じ高さで差し向かいになると、つと、頼朝の口ぶりに熱がこもった。


「先ほどの流鏑馬の話……こうして私がくどくどお願いするのも、実は理由があるのですよ」

「はて、理由?」


「――私は都人みやこびとからは血も涙もない鬼のかしらのように思われておりますが、実はこう見えても神仏への尊崇の念は人一倍深いのです。

 私は幼い頃から、毎月十八日の観音菩薩かんのんぼさつの御縁日に『放生会ほうじょうえ』を行なうことを慣習とし、その日には固く殺生を禁じてきました。


 これに加え、来年からは京の石清水八幡宮に倣い、八月十五日を鶴岡八幡宮の祭日として、放生会を大々的に、公式に、執り行おうと考えているのです。それは治承以来の戦乱の犠牲者の鎮魂のため。また、国家の安寧を祈るためでもあります。


 その祭日に、八幡神にご奉納するための流鏑馬やぶさめ神事を執り行うことを考えております。流鏑馬は命あるものをまとにすることはありません。国家鎮護のため、日々鍛えたその技を、神仏にご覧いただくのです。

 貴僧に弓馬術のことをお尋ねしたのも、争いの為ではございませぬ。ひとえに生命の大切さをしろしめす放生会の為でございます」


 頼朝は真心を尽くし、熱心にかきくどいた。


(……ほう、想像していたより、物腰のやわらかい……弁舌もさわやか……しかしてその奥に、得体のしれぬ強い芯がある……これが、義朝の子か……)

 西行は、膝を改めた。


「二品殿のお志の尊さは、承りました。しかし、二三、お伺いしたい……」

「なんなりと」


「戦の犠牲者の鎮魂と申されるが、犠牲者とは、戦死した鎌倉方の御家人のことを言うのでございましょうか」

「……」


 西行の深みのあるまなざしを真摯に受けとめながら、頼朝は想像力を働かせ、その問わんとするところを冷静に洞察した。

「いえ、そうではありません。敵味方の区別なく、犠牲者すべてを供養したいと思っております」


「――ひとえに、戦死した武者だけのことを言うのでございましょうか」

「いえ、武者も民も、区別なく」


「――人のみならず、鳥獣もまた、犠牲になったかと存じますが」

「左様、人と鳥獣の区別もなく。一匹の虫にいたるまで……それが放生会の心でございますれば」


 西行はまぶたを閉ざした。

 ――瞬間、老僧の頭のうちに、花咲けるがごとくに閃くものがあった。

 それは三十一文字の歌の生まれる、刹那せつなの境地にも似ていた。


雪隠せっちんをお借りしてもよろしかろうか」

 憚りない申し出に、頼朝は面食らった。

「無論です」


 雑色に案内され、西行は西有を伴い、簀子縁すのこえんを進んだ。

 釣灯篭つりどうろうが照らす下を、渡殿わたどのをゆき、対屋たいのやを奥に奥にと進んで樋殿ひどのに辿りついた。


 暗がりで弟子とふたりきりになると、その耳元に囁きかけた。

「よいか、西有。そなた、今から私が鎌倉殿に言う言葉を、片言隻句へんげんせっく、漏らさず書きとどめよ。そして心にしかと留めよ。よいな?」

 わけが分からなかったが、西有はとにかくも、うなずいた。


 西行が樋殿から戻ると、頼朝は改めて弓馬の話をねだろうとした。

 それをにこやかになだめた老僧は、流鏑馬について己が学んだこと、知っていること、先例やしきたり、その他様々すべての事柄を、雄弁に語りはじめた。


 この豹変ぶりに、頼朝は狂喜した。

 かれは祐筆を呼んで、西行の言葉のひとつひとつを書き留めさせた。


 弟子の西有もまた文机を借り、必死に筆を走らせた。

 その間、贅沢な夕餉が用意され、茶菓子が供された。


 ――名月の芳談は、終夜に及んだ。

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