第二章 一の射手 (いちのしゃしゅ)
第11話 西行、御所に招かれること
第三部 救 済 編
第二章 一 の 射 手
一
近侍した景義は
「
警備の御家人に命じ、頼朝は老僧の名を尋ねさせた。
西行――世に有名な歌人の名を耳にするや、頼朝は喜んで老僧を御所に招いた。
西行の背後には影のようにひっそりと、ひとりの弟子がつき従っていたが、誰もこれに気を止めるものはいなかった。
ましてやそれが、今は亡き波多野義常の子だとは気づきようもない。
その夜、御所の西対の
廂にまで西行を入れたのは、貴賓としてもてなすための心くばりであった。
頼朝は一段高い
会談はあたりさわりのない
頼朝も、たまには歌をひねることもある。
興味津々尋ねると、西行は笑って答えた。
「私の歌なぞ、取り立てて何ということもございません。花鳥風月にめぐり会う。すると心が動かされ、わずか三十一ばかりの文字が自然勝手に閃くのです。……そんな具合ですので、私はまったく歌の奥旨など知らないのです。歌については、あれやこれやとお教えできることはございませぬよ」
とりつくしまもなかった。
頼朝はなごやかに微笑して、さらりと話を変えた。
「世に伝え聞くところによると、貴僧はもともとは鳥羽院北面に仕える武者であらせられたとのこと。
「弓馬の事は家伝の技ゆえ、在俗の頃には励みもいたしました。しかしご存知でしょうが、弓馬の術によって、鳥獣を害し、あるいは人を害すことは、仏道では罪になります。それゆえ二十三で
「まあ、そうおっしゃらず」
と頼朝は、今度は簡単には引かなかった。
「頭の隅にでも残っている、わずかばかりのことでよいのです。宮中の礼式のこと、
「ハッハッハ、今申しあげたとおりでございますよ」
進んで話そうというそぶりもない。
頼朝は、しばしのあいだ沈思した。
「……どうも私の
吹き放ちの孫廂に、ふたり分の席を設けさせると、頼朝は母屋から
わずかな微風をうけ、前栽の池にはさざ波が立ち、ひたひたと心地よさげに押し寄せてくる。
雅楽の調べを奏でるように、秋の虫たちが四方からさまざまな音色をふるわせる。
夜にねむる
高々と天を押し広げる中秋の名月が、麗しき庭園のありさまを煌々と浮かびあがらせていた。
同じ月光に照らされた西行の顔を見つめ、頼朝は微笑んだ。
「これでよい。互いの顔がよく見えます」
「まさしく」
と、西行もうなずいた。
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