第2話 みお、祖母に諫められること

『みお、あの人と仲良くしちゃ、なんねぇぞ』

 と、祖母から念を押されたのは、三日前のことであった。


 たての御屋敷の裏庭で、有常と言葉を交わしているところを見られたのだ。


「どうして?」

 祖母の高圧的な態度に、みおは反抗心もあらわに尋ねた。

 祖母は顔じゅうの皺を、ぎゅっとまんなかに集め、あたりをはばかるように声をひそめた。

「あの人は、罪人じゃ」

「罪人?」

 ――みおは素っ頓狂な声をあげた。


「シッ、声をひそめよ」

 と、祖母は素早く、みおの手をはたいた。「鎌倉様の罪人じゃ。あのお人は、いつどこでどうなるかわかんねぇ身の上なんだ。あの人と仲良うすれば、この先、とばっちりを食らって、大変な目にあうかもしれねぇ」


「大変な目って?」

 祖母はおし黙ると、低く、脅すように言った。

「大庭の三郎様と、御曹司おんぞうし様が、片瀬川に首をさらされたの、お前、一緒に見にいったろうが?」


 祖母の心に今でもとりついている根深い恐怖が、突如、黒い蛇となって、みおの胸にもするりと忍び込んできた。

 するとそれまでちっとも怖れなんか感じなかったのに、なぜだか急に恐ろしくなってきた。

「あれが罪人の末路じゃ」

 有常の首が哀れに川原にさらされている様子が、ふと心に浮かび、気がつくと、みおはぽろぽろと涙をこぼしていた。


「あの人と会っちゃならねぇ。口をきいてもならねぇ。あの人のことは、話題にしてもなんねぇ。誰かに何か聞かれても、知らぬ存ぜぬ、じゃ。わかったな」

 念を押すように、祖母は厳しく言いつけたが、みおはほとんど聞いていなかった。


 涙を流すうちに、だんだんと恐ろしさがなりをひそめ、代わりに、おかわいそう……という哀れみの気持ちが盛りあがってきた。

 どうしようもなく有常に会いたくなって、畑仕事の隙を見て、こっそり稽古を見に行ったのである。


(鎌倉さまの罪人……)


 初めて会った時から、みおはどうしようもなく有常に惹かれていた。

 颯爽とした雰囲気、それとは裏腹な、やさしげな瞳。

 言葉を交わすうち、有常のほうでも思いをかけてくれていることがわかった。


 いくら禁じられても、自分のなかに熱くほとばしる思いを、みおはとど止められそうになかった。

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