連翹や別れの言葉三語ほど

 黄色い花が好きである。いや、黄色くない花も好きだ。桔梗とか。しかし黄色い花には特に心惹かれる。春先のこの時期、よく見れば黄色い花はいくつも見つかる。ロウバイに始まり、福寿草、シナマンサク、ミモザ、スイセン(あまり好きではないが)、ミツマタ、サンシュユ、そして連翹(レンギョウ)。

 星のような形をした小花が枝に沿ってびっしりとつく連翹は殊に好きだ。連翹は枝が真っ直ぐのままのシナレンギョウと、だんだん枝が屈曲してくるチョウセンレンギョウの二種がある。花自体に差はない。夕陽を浴びるとその黄色が生命力が燃焼しているような輝きを見せて、美しさのあまり涙が出そうになる。

 レンギョウは韓国ではケナリと呼ばれ、日本人が桜を愛でるように韓国の人びとはケナリを愛するらしい。

 鷺沢萠さぎさわめぐむのエッセイ『ケナリも花、サクラも花』は、成人してから自分の血縁に朝鮮半島出身者がいたことを知った著者が韓国に語学留学をした体験記だ。

 このエッセイの中で特に印象的なシーンがある。鷺沢が韓国のジャーナリストのインタビューを現地で受けた時、ちょうどレンギョウの咲く時期だった。鷺沢は相手に花の名前を聞いたが、なぜかすぐには覚えられなかった。「ナグネ、でしたっけ?」と二度も聞き返してしまったそうだ。ナグネは旅人の意味らしい。

 後日、雑誌に載った自分のインタビューを見た鷺沢は、忘れられない一文が目にとまった。そこには、鷺沢萠は私達(韓国の人びと)が愛するケナリの名前を何度も尋ねた。そのケナリの花の先には、サクラが開いているのが見える。そんな風に書かれていたのだ。

 なんでもないことのようだが、新潮文庫版同書の解説を書いている柳美里によると、在日の僑胞キョッポ(半島出身者)が韓国の人からこのような配慮を受けることは「信じられないほどの幸運」だという。鷺沢萠は留学中、自分のルーツをめぐって、そしてかつて支配した者と支配された者という消えることのない過去を共有する日本と韓国の複雑な関係性に悩み、円形脱毛症になるほど苦闘したそうだ。そんな彼女の努力をケナリと桜が並んで見守っているような光景が目に浮かぶ。

 レンギョウの咲くのは3月。それは別れと新たな出会いを待つ季節でもある。

 掲出句の原型とも言える一句が石井露月ろげつの、


 白木槿言葉短く別れけり


 だ。木槿に関する句を探していたところこれを見つけた。

「言葉短く別れ」る仲とはどんな関係だろうか。あまり親しくなくて、別れの場においても大して話すことのない関係か、それともお互いに相手を知り抜いているから、贅言を要しない関係か。ここは後者と見たい。だから、これが今生の別れとなったとしても、悔やむことはないのだ。最初の出会いから、いずれ別れの時は約束されていたのだから。

 Meeting is beginning of parting. 三語よりもう少しは喋るかもしれないが、沈黙が占める時間は長いはずだ。無言で見交わす目の方が、心中をより多く語る。

 石井露月は私の一番好きな俳人の一人である。さすが子規に見込まれただけあって、本当に素晴らしい作者だと思う。中でも好きなのは、


 草枯くさかれ海士あまが墓皆海に向く


 車窓から郷里を眺めた情景を一句にしたという。海を愛し、海に生きた男たちは、死してなお海を向いて眠っている。沖からやって来る風を受け止め、微動だにしない墓の佇まいは、自然と人との間に結ばれ得る特殊な絆を物語るようであり、人間と職業との関係をも考えさせる名句である。

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