可愛いひと

 剣の代わりに斧や鍬を握るようになって、しばらく経ちました。今日も里山に、私が薪を割る音が、小気味良く響いていきます。兄上が用事から戻られる前に、今日の分の薪割りを全て終わらせておくのが、私の目標です。兄上は半分で良いと言ってくださっていますが、用事でお疲れだろう兄上に、続きをさせるなんてことは、私はしたくないのです。

 カコン、カコン、と、快い調子で薪を割りながら、私は兄上のことを考えます。薪割りのときに限らず、兄上がいないときは何時でも、兄上のことを考えているのですけれども。

 思えば、私は生まれてから七年、兄上の傍にいられましたが、その後、九年、離れることになりましたので、今の私の人生においては、兄上が傍にいない時間のほうが長いのです。これは由々しきことです。これからはずっと私が傍にいると決めていますし、九年の空白は、今の私が兄上に注ぐ想いの密度でしっかりと埋めたいと思っているのですが、それでもなお、もどかしいものです。

 兄上は、今も変わらず強くて優しくて格好良くて、心からお慕いしているのですが、最近は、それに加えて――

「ただいま、楓真」

 私が最後の薪を割り終え、一息ついて間もなく、兄上が戻られました。印を結ぶことがなくなってもなお、兄上の指先の所作は美しさを保ったまま、変わりありません。

 たとえ、その手が今、大変ふくよかな大根を携えていようとも。

「帰る途中に、先日すこし力添えをさせていただいた里の方に会ってな……あのときの礼だと、色々持たせてくださったのだ」

 なるほど、見れば逆の腕には、家を出るときにはなかった籠があり、沢山の野菜が詰まっていました。大根は立派すぎて入らなかったようです。

 あぁ、なんて……と、私の頬は緩みました。兄上の笑顔が眩しいです。幸せが極まっています。

「……可愛いです、兄上、ふろふきにしましょうか」

「うん? 大根が可愛いのか?」

 確かに採れたてで色も艶も良いが……なんて小首を傾げる兄上を、一体どうしてくれましょう。


 兄上は、変わらず強くて優しくて格好良くて。

 けれど最近、それに加えて、とても可愛いです。

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