紫陽花あじさいの 寄り添い咲くや 千代の世に

   いませ我が背子せこ 共に願はむ




 陽のかたむく前に、都へつ蓮太を、ふたりで見送った。

「奇跡って、起きるときには起きるものなんだなぁ」

 柊哉と楓真を、しげしげと見て、蓮太は感嘆の息をつく。今のふたりの姿を見て、九星の氏族だと気付く者はいないだろう。肌の色の白さこそあれ、月の光を集めたようだった銀の髪は、射干玉ぬばたまの黒髪に、陽の光をめ込んだようだった金の瞳は、夜空のような黒い瞳に、変わっていた。

 黄泉比良坂よもつひらさかから戻った兄弟は、九星の力を全て失っていた。直毘なおびの霊力も、大蛇おろちの神力も――呪いも。

 黄泉よみの門を前に、ふたりは互いの大蛇を黄泉に封印した。直毘の霊力を、大蛇の神力と融け合わせることで、直毘の力もろとも、大蛇を黄泉へとかえしたのだ。黄泉の門が開いていなければできなかった。ひとりの力では足りなかった。ふたりの力が合わさらなければ、し得なかった。そして何より、楓真がいなければ、柊哉は現世うつしよに戻れなかった。

大王おおきみには、天蓬兄弟は相討ちになって死んだと、報告するよ」

 蓮太の言葉に、柊哉の瞳が揺れる。蓮太の想いと、みずからの呵責かしゃくの間で。

 そんな柊哉を見て、蓮太は言葉を重ねる。

「大罪を犯した天蓬家の兄君は、弟君に裁かれて死んだ。ここにいるのは、ただの柊哉と楓真だ」

 裁くべきものは、もう存在しない。

「それでも、お前が償いをしないと気が済まないって思うなら、生きることで償うことだな」

 そう言って、蓮太は手綱を引く。初夏の風が吹き抜け、若葉の匂いを運んでいく。木漏れ日が揺れる。穏やかに、優しく、温かな光が降り注ぐ。

「蓮太……本当に――」

 柊哉の声が、木々のざわめきに溶ける。

 ひらりと馬に飛び乗って、蓮太は笑った。

「詫びより、礼より、お前が今、生きていることのほうが、俺には大事だ」


「生きろよ、お前ら。その黒髪が、白髪になるまで」


 ひづめの音が、軽やかに響く。

 大きく手を振って、蓮太は笑った。

 雲ひとつない蒼天に燦々さんさんと輝く、真夏の太陽のような笑顔だった。





 晴れ渡る夜空に、天の川が広がっている。星明かりに照らされて、七夕飾りが、きらきらときらめいている。大路に並ぶ笹には、早くも数多あまたの短冊が結ばれ、夜風にそよぎ、さやさやと願いをささやいている。北の地の七夕祭りも、人々が願いをかけるひたむきさは、都と何も変わらない。

「兄上」

 笹の下、楓真が振り返る。

「願いをかけるというのは、未来を結ぶことなのですね」

 願いが叶うまで生きよう、と。生きていよう、と。

 生きてほしい、と。

「だから、沢山、願い事をしましょう。来年も、再来年も、その先も、私は願い事をします。……兄上のそばで」

 柊哉を真直ぐに見つめて、楓真は微笑んだ。夜空の瞳がきらめく。満天の星空よりもまばゆく、温かく、優しく。

「楓真」

 柊哉も微笑む。楓真の瞳と、同じ瞳で。

「私は随分ずいぶん、欲張りになってしまうな」

「欲張りで良いです。私も願いますから。全部、叶うまで、生きれば良いです」

 一緒に願って、一緒に叶えて、生きれば良いです。

 七夕は、どんな願いも、ゆるされますから。

「行きましょう、兄上」

 楓真が手を差し伸べる。柊哉はうなずき、その手を取った。

 固く繋いで、歩いていく。短冊の先へ。願いの向こうへ。


――生きましょう、兄上。


 願って。

 願い続けて。

 ふたりで、共に。


 七夕は、星合ともいう。

 幾千の夜を越えても、心の離れることのない、ふたつの星。

 互いが、互いの、たったひとつの、願い星。


 願い合って、叶え合って、生きていく。

 寄り添う星の、輝き合うように。

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