陸
陸-1
ひさかたの
共に果てなむ
北へと向かう足跡を、梅雨の季節が追いかけてくる。何とか雨に降られる前に、楓真と蓮太は七つめの
祠があった場所の近くに、故意か偶然か、焼け残った
ちょうど楓真の背の高さにある枝に、
「……俺たちがこれを読む頃には、八門の鏡を全て
蓮太が呟く。文を畳みながら、楓真は静かに言った。
「あいつは、
「……あのなぁ……」
そういう問題じゃ……と、蓮太は顔を
「……追いかけて……追いついて……振り向かせてやるつもりだったのに……」
楓真が来るのを、兄は待つという。
追いついた楓真に止められるのでなく、
待っているから、来いという。
「……良いだろう……望み通り、行ってやる……終わらせてやる……」
七夕の前日――九年前、全てが一変した日と、同じ日付。降り注いでいた温かな優しさが終わり、底から湧き出る冷たい憎しみが始まった。その憎しみを、ついに終わらせる。……兄の命と共に。
楓真の七夕は、もう二度と来ない。九年前の、七夕の前夜に、
――兄上が
あの日、短冊に書くと決めた願いは、七夕の日を迎える前に、
――生きるから、生きてください、兄上。
心から願っていたのに。唯一の、絶対の、願いだったのに。
赦せない。
赦されない。
ならば……。
「……最後に……」
「死ぬから……死んでくれ」
空には暗雲が
+
夜通し降り続いた雨は、明け方近くになって上がった。空を覆っていた黒雲が、所々、
夜明け前の薄明かりの中、丘の
「世話になった」
吹き抜ける風に、柊哉の髪が
源新は、この先さらに北へ旅を続けるという。薬師を必要とする村に行き着けば、そこに根を下ろすつもりだと。
「さよならだ」
柊哉は微笑む。源新も、微かに笑った。
「柊哉殿」
「明日は七夕です……七夕は、別名、星合ともいいます。……願わくは、貴方が、明日も生き、望む方と共に在られますよう……」
+
僅かに空が白み始めた薄闇の中、雨の雫に濡れた草を踏んで、楓真は丘を上がっていく。棚引く雲の向こうに、朝焼けの
蓮太には、丘の
やがて、夜を押し開けるように、丘の先から金色の光が広がった。全てが
光の射す丘の上、朝焼けを背に、兄は――天蓬柊哉は、立っていた。
彼もまた、独りだった。
桜堤で
「……来たか」
穏やかな声で、彼は楓真を迎えた。だが今は、その穏やかさが残酷に耳に響いた。
「待っていた」
柊哉は微笑む。その瞳には、僅かな感情の
「
風が吹き抜け、柊哉の髪を、
「手懐けたんじゃない。
お前と一緒にするなと、楓真は柊哉を
激しい殺意を向けられても、柊哉の表情は変わらなかった。美しい微笑は崩れず、
「そうか」
楓真の言葉に、柊哉は、ただ
吹き抜ける風の中、鏡のように、正面に向かい合う。
「ならば……見せてみろ」
微笑の陰に、柊哉の瞳が
地を蹴る。
いつかと同じ、無数の赤い光の刃が飛んでくる。
同じ手は、二度は食らわない。
楓真は
駆けながら、楓真は
高く跳び、息を詰め、大きく振る。
――焼き払え、
巨大な火球が、楓真の
ちりちりと周囲を焦がしながら、それは豪速の火炎となって柊哉に向かった。
柊哉も剣を、静かに抜く。
流れるように、振って。
――
剣の軌跡から、厚い水の壁が
互いの技は、互いを打ち消し、互いに食らい合うように霧散した。
残った蒸気が霧雨となり、ふたりの間に降り注ぐ。一部は
柊哉が
刃と刃のぶつかる鋭い音が、響く。
「……お前は私が……ここで殺す……
交差する剣。拮抗する力。軋む刃の先、柊哉の顔が、間近に見える。楓真と同じ作りの顔。まるで、五年後の楓真が、そこにいるように。
けれど、表情は、まるで違う。
「止められるものなら、止めてみろ。……お前が私を殺せるのなら」
「ああ。……そのつもりだ」
微笑と激情。凪と嵐。正反対の面持ちで、相手を見つめて。
刃の
互いに
散る火花。
間髪入れずに、剣先を、相手に向ける。
鏡に映したように、寸分
――散らせ、
同じ技を、放つ。
剣先から
ふたりの中央で、光はぶつかり、血脈のように、放射状に広がる。
完全に拮抗する、それは、まるで、もうひとりの
明滅する強い光の中、楓真も柊哉も、既に次の技を定めていた。
光が止む。
灰が舞う。
地を蹴る。
今度は、ふたり、別の技。
――
楓真の剣が、黒い光を帯びる。
楓真は剣を振り下ろす。剣先の向かう大地から、黒い光の海が湧き立つ。それは
迫る光を静かに見つめ、柊哉もまた、剣を振る。
――
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