伍-5
豊かな水量を誇る滝の裏を通り、獣道を進むと、人知れず、ひっそりと建つ
祠に向かって歩いていた柊哉は、祠まで残り十丈はあろうかという地点で、足を止めた。後ろの源新が、数歩、遅れて、立ち止まる。
「そこの岩陰に隠れて、身を伏せていてくれ。ここから先には、絶対に近づくな」
――囲め、
自分を内側に、そして源新を外側にして、柊哉は白い光の
八門の一つ、死門の鏡を神体とする、七つめの祠。これまでの六つの祠に封印されていた
柊哉は静かに、祠へと歩いていく。一陣の風が、冷たく吹き抜けていった。
祠の扉に、手をかざす。
強大な
開いた光の門の奥から、見上げるほど大きな、黒い影が姿を現した。
柊哉は静かに、それを
――
禍津日が動く前に、柊哉は素早く術をかけた。祠に封印するほどの禍津日では、簡単には効かない。それでも僅かに動きを鈍らせることはできる。
黒く波打つ雲の下を、
ひらりと着地した柊哉の瞳が、光の軌跡を描く。
――引き裂け、
印を結ぶ。無数の光の牙が、禍津日へと向かった。黒い影の姿、その中に、光の筋が幾本も走る。禍津日が裂ける。細かい
縮んでいるのだ。少しずつ。
しかし、時間は掛けられない。吹きつける雨風、そして落雷……長引けば、この土地の災害になる。
禍津日の
「……これくらいなら、包めるか」
躍り出た禍津日の牙を、身を
刃が赤く発光する。炎が上がる。
――焼き払え、
禍津日がのたうつ。狼の姿をしたそれは、
――散らせ、
耳を
炎に焼き尽くされ、光の剣を
柊哉は小さく息を吐く。禍津日から受けた腕の傷はそのままに、柊哉は燃え落ちた祠へと歩いていく。
炭と灰の中から、柊哉は一枚の鏡を拾い上げた。直径が五寸ほどの、青銅の鏡だ。縁に細かな装飾の
祠の近くに、一本だけ、燃えずに残った
祠の跡に
「柊哉殿!」
途端に、源新が駆け寄ってくる。柊哉の怪我に気付き、彼は顔色を変えた。
「触れるな」
傷を
「
「穢れ……?」
源新が眉根を寄せる。
「貴方に出会った日、怨霊を退治した貴方を抱き上げても、私は何ともありませんでしたが……」
「あれは
「ですが、傷が……」
「触れるな!」
手を伸ばした源新に、柊哉は、さらに
「……分かりました。しかし、傷の手当ては、どうなさるのです?」
「
「っ、何ですと⁉」
さらりと答えた柊哉に、源新は血相を変えた。
「ご自分で傷を……⁉ 貴方は、いつも、そんなことをなさっているのですか⁉」
「ああ。もう慣れたものだ」
穢れに耐性のある身でも、傷を負わされれば、そこから霊障が広がる。火で清めるのが一番、手っ取り早い。負傷したのは不覚ではあるが、
「……禊の後であれば、貴方の体に触れても良いのですね?」
少しの沈黙を挟んで、源新が低い声で言った。
「ああ……それは、そうだが……」
「なら、
「何……?」
「傷を焼くのも、その後の手当ても、私に任せていただきたい」
真剣な瞳で、源新は柊哉を見つめる。
「……これも、
薄く笑い、柊哉が源新に瞳を合わせる。源新も
「ええ。……そして、私から貴方への御礼、です」
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