伍-3
源新の
この荒天の中、わざわざ様子を見に来る村人はいないだろう。
夜が明ければ、源新も旅立つつもりだった。自分は、この村に裁かれた身。もうここにはいられないのだから、最後の一夜、住み慣れた我が家を目に焼き付けたいと思った。
だが、源新の目は、自然と青年を追ってしまう。頭の後ろの高い位置ですっきりと束ねた青年の髪は、月の光を集めたような、
源新の視線に気付いた青年が、ふっと、源新を見る。その瞳に宿るのは問いかけの色のみで、警戒の色は、もう刃を収めていた。
くるりと鍋を掻き混ぜて、源新は言った。
「私は、源新といいます」
貴方の御名前を、
「……柊哉だ」
青年は呟くように答えた。
「柊哉殿……」
その名前の響きを確かめてから、源新は改めて、口を開いた。
「柊哉殿は、さっきのような怨霊を
「……いや……」
青年――柊哉は、緩く首を横に振る。
「先刻は、
「まがつひ……?」
なるほど、怨霊のことを、そう呼ぶのか。源新は小さく瞬きをする。
禍津日なる怨霊を祓うために
だから、源新は、質問を変える。
「呪いと、
鍋の味を確認しながら、努めて何でもないふうに。
柊哉は、しばらく源新を、じっと見つめ、少し考えるように視線を下げてから、静かに口を開いた。
「私の氏族は、先祖代々、血に呪いを引き継いでいる。一族の血が濃いほど、呪いは強く、寿命は短い。……私の父は二十三で死んだ。私の命は、さらに短いだろう」
「御父上が、二十三で……? 失礼ですが、貴方、御年は……」
「二十一だ。……
柊哉の口調は、至極、淡々としていた。恐れも、悲しみも、
彼は死に場所を探して旅をしているのだろうか、と思いかけた源新は、しかし、柊哉の瞳を見て、その憶測を打ち消した。
柊哉の瞳には、命の終わりをただ待つ者に特有の、諦めきった寂しさのような、空虚な陶酔の色はなかった。源新がそれを口にすると、柊哉は淡く微笑んで答えた。
「願いがあるからな、私には……
願いを叶えるために、旅をしているのだ。そして、その願いは、もうすぐ叶う。
「望む死に方をするために、生きておられるのですか?」
鍋から椀へ、源新は料理をよそった。温かな湯気が、ふわりと立つ。
「望む生き方が、望む死に方なのだ」
源新が差し出した椀を、一礼して受け取りながら、柊哉は言った。
それから静かに、互いに箸を進めた。料理を口に運ぶ柊哉を見て、まほろばの人というのは、やはり
「……礼を、しなければならないな」
食事を終え、源新が白湯を注いでいると、柊哉は尋ねた。
「薬と……一宿一飯の礼は……これで足りるだろうか?」
差し出された
だが、ここまでの会話で、源新は柊哉の性格も、ある程度、
だから源新は、それを汲み取った上で、自身の望みを叶える提案をする。
「金子は
「……何……?」
柊哉の瞳が揺れる。その唇が、次の言葉を
「私がいれば、貴方の呪いが
「……それのどこが、私から
むしろ逆ではないか、と眉根を寄せた柊哉に、源新は微笑んだ。
「私は、誰かの役に立てたという、実感が欲しいのです。私という存在が、必要とされたという、自己満足を得たいのです。
「……
源新の言葉を、じっと聞き終えた柊哉は、源新を静かに見つめ、言った。源新の肩が小さく跳ね、頬が微笑の形のまま硬くなる。見抜かれていた。気付かれていた。源新が胸の奥深くに隠していた、
死んだ友人は、不治の
薬師は、病が治れば用済みになる。それは言い換えれば、治る見込みがなければ、薬師として、ずっと寄り添い、尽くすことができるということ。役に立ち、必要としてもらえるということ。自身の欲を、満たせるということ。
「……人の辛苦に寄生する、
源新は自嘲の笑みを浮かべ、目を伏せる。軽蔑されただろう。嫌悪されただろう。柊哉の顔を見ることができず、源新は
「源新」
ふわり、と、肩に紗を掛けるように、柔らかな声が、降りた。
「それでも、私は
柊哉の言葉に、源新は思わず顔を上げた。見つめる柊哉の瞳には、軽蔑の色も、嫌悪の色もなかった。ただ温かく静かに、源新の切なる渇望を
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