伍
伍-1
村外れの林の、さらに先の岩場。切り立った崖の
男の名は
辺りには、村人たちが男に投げた石が散らばっている。打ち
霧雨を降らす薄墨色の空。男の頭上を、猛禽の鳥が旋回している。男が死ぬのを待っているのだ。その死肉を
「……気が早い鳥ですねぇ……」
源新は笑う。切れた唇に痛みが走り、苦く眉根を寄せ、滲む血を
いっそ意識がなくなれば、楽になるだろうか。しかし、幸か不幸か、自分の体は
顔を上げた源新の瞳が、ざわざわと
暮れなずむ雨天の下、その影は、まるでそこだけ光を吸い尽くしたように、どこまでも暗い闇を広げている。ず、ず、ず、と地を這うそれは、人の背丈の倍はあり、形を定めず、
怨霊だ。この身に取り
力尽きるより前に、取り殺されるのか。
源新のこめかみを、冷たい汗が流れたとき、
「っ、何……⁉」
影の後ろから、白い光の矢が飛んできた。それは正確に影を
「……まほろばの人……?」
源新が呆然と呟く。怨霊も、それを
「……
怨霊を斬った青年が、傘を
「
若い声だった。
「……友人の墓を
青年の声の温かさに、
「私は、
しかし、他の村人には、それは到底、信じられるものでも、受け容れられるものでもなかった。源新は気が触れたのだと、悪しきものが取り
源新の言葉を、青年は静かに聞いていた。源新が話し終えると、青年は、一歩、源新に近づく。
源新の手足を結わえていた縄を、青年は切った。
「良いのですか……? 私は、罪人ですよ……?」
「
青年は静かに答えた。薄暗かった源新の瞳に光が灯り、大きく見開かれる。
「私の話を、信じてくださるのですか……」
声を震わせ、源新は、青年に礼を言おうとした。しかし青年は、それよりも早く
呼び止めようとした源新が、思わず手を伸ばすのと、青年の体が、ふらりと揺らぐのは、同時だった。
「っ、どうし――」
よろめく青年の体を、
「ちょっと失礼しますよ……!」
青年の被っていた傘を、源新は取り去る。鮮やかな銀の髪と金の瞳が
気付いたときには、源新は青年を抱え上げ、地を蹴っていた。
「っ、なに……を……」
源新の腕の中で、青年が身じろぐ。青年の体は、その長身に、あまりにも不釣り合いな軽さだった。
焦燥に駆られるまま、源新は思わず、大声で言った。
「
林を抜け、沢を渡り、森に入る。村人たちに焼かれてしまっただろうかと危惧したが、森の中にある源新の
戸を
「……やはり、脈が、異常に速い」
源新は手早く棚から幾つかの包みを取ると、中の粉を少量の水に混ぜて溶かした。本当は湯に溶かしたほうが良いのだが、今は一刻も早く服用させるほうが大事だ。
「薬です。お飲みください。少しは楽になるはずですから」
源新が差し出した
「……
「
源新は眉根を寄せた。なおも苦しげに息をつきながら、青年は答える。
「この発作は
それに……と、青年は続けて、声を低めて言う。
「私にとっての……罰でもあるから……」
「罰……?」
「ああ。だから構うな……少し休めば、波は去る」
「そうでしょうか」
青年が言い終える前に、源新は言葉を重ねて言った。
「たとえ呪いがその苦しみを引き起こすものであったとして、その
「それに……罰、と
源新は青年を見つめた。しかし、青年は
「……仕方ありませんね」
失礼、と源新は、言うが早いか、右手で湯呑を持ったまま、左手を、さっと青年に伸ばした。青年の体が警戒に
「……ご無礼、
薬の服用を確認すると、源新は、すっと、青年から離れた。
口もとに手の甲を当て、青年は源新を
「どうです? 治せずとも、抑えることはできたでしょう」
源新の言葉に、青年は無言で鋭いまなざしを向けた。源新は僅かに肩を
「ええ。私が勝手に、私の意地で、働いた暴挙です。申し訳ありません。……私は、どうしても、貴方に命を助けていただいた恩を返したかったのです……
源新は小さく笑った。そして、ふと左手に目を落とし、今しがた向けた笑みとは種類の異なる、柔らかな色を滲ませて微笑んだ。
「貴方は……私の指に、
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