弐
弐-1
君が
「
桐吾は笑った。その笑みは
「私を単独で派遣するように命じたのは、母上なのだろう? 貴方は、当主である私の母には、逆らえないもの……仕方ないさ」
初陣以降、通常ならば小隊で派遣される任務を、柊哉は
「……それは……それだけ柊哉様の御力を、信じ、認めておられるからですよ」
桐吾は
「……柊哉様は御立派です。
桐吾は、閉じた扇を口もとに添え、話題を変えた。
「我らの先祖が
それだけではない、と柊哉は目を伏せる。
九星の氏族は、短命だ。特に天蓬一族は、ほぼ例外なく、
だが……と、柊哉は重ねて思う。天蓬一族に生まれる子の少なさも、命の短さも、突出して、異常だ。他の一族の宮には、老人の姿も子どもの姿も、少なからずある。理由は分かっていた。柊哉も、目の前に座す、楓真の父も。
だから柊哉は、進言する。このままでは、天蓬は滅ぶと。
「……今からでも、血を和す道を……」
「それは、我が一族には、取れぬ道です」
桐吾は、首を横に振った。過去に何度も、
「血を和す道は、高貴な地位を持つ天禽だからこそ取れた道。他の一族……
重い口調で、桐吾は言った。
その血に継がれた
「力を失くしては、
だからこそ、貴方様が天蓬一族の最高傑作と
「私も今年で二十三になります……そろそろ
そう言って、桐吾は、口角を笑みの形に引き上げた。
「ですから……
桐吾との会話は、そこで終わった。
廊下を歩きながら、柊哉は、
「……然るべき時まで、か……」
それは、楓真の力が開花する時か。
しかし母は、今すぐにでも自分に死んでほしいらしい。
そして、桐吾もまた、柊哉の生を望むのは、楓真の力が開花するまでだ。彼は、実の息子である楓真を、次の当主に
「……聞いたかよ、任務の話」
「ああ、また柊哉様の
「良いじゃないか。本家の次期当主様が直々に
「しかしなぁ、わざわざ危険な任務に、次期当主様を単独で向かわせるなんて……しかも、まだ十二歳だろう? 子どもじゃないか」
「ばかだねぇ、あんた、その意味を考えてごらんよ」
「意味?」
「私の口からは恐ろしくて言えないけどね。でも、柊哉様なら生き延びるだろうよ。あの方の力は
柊哉は聞くのをやめた。足を速め、その場を通り過ぎる。早く、自室へ戻ろう。読みかけの書物でも開いて、意識を
「兄上!」
不意に、廊下の先から、明るい声が響いた。楓真だった。ぱたぱたと駆け寄り、きらきらと瞳を輝かせて柊哉を見上げる。
「どうした? 楓真」
楓真の明るい勢いに
「さっきまで、母上と一緒に、折り紙をしていたのです」
「……そうか」
無邪気に報告する楓真に、柊哉の胸の奥が、ちりりと痛む。柊哉には、母と一緒に遊んだ記憶など、ひとつもない。
「それで……あの……」
柊哉の胸中など知る
「上手に折れるようになったと……母上に、褒めていただいたので……」
おずおずと、楓真は隠していた手を、柊哉に掲げる。
その手には、小さな折り鶴が載っていた。
「母上が教えてくださいました。鶴は、とても長生きなので、長寿の御守りになると……」
「それを、私に?」
柊哉は瞬きをする。しかし、その瞳は、すぐに
「……それなら、母上に差し上げたほうが良いのではないか?」
目を伏せた柊哉に、楓真は首を横に振った。
「母上には、その場で差し上げました。この鶴は、自分の部屋に戻ってから、兄上のために折ったものです」
「私の……?」
「はい。私は、兄上にも、長く生きてほしいので」
楓真は笑った。
「……ありがとう、楓真」
差し出された折り鶴を、そっと取る。
絶望に落ちかけていた心が、
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