壱-2
翌日、
「修練から帰ってきたら、お前は疲れて
父の言葉は、もっともで、楓真は、ぐうの音も出なかった。兄には先に修練場に行ってもらい、後から楓真が追いかけることになった。
大急ぎで書を読み終え、父の口頭試問も突破して、晴れて楓真が修練場に着いたときには、陽は少し傾きかけていた。しかし幸い、初夏の昼間は充分に長く、空はまだ茜が滲むことなく、青々と明るく澄んでいる。
宮の西側に広く取られた修練場の片隅に、兄の背中を見つける。
星天術の修練をしているのだろう。兄の周囲の空気が、ぴんと張り詰めていく。
楓真は、木の陰から、そっと、兄を見つめた。
兄の
――焼き払え、
瞬間、巨大な火柱が、円を描くように、兄の周りに上がった。鮮やかな紅の業火。以前に見せてもらったことのある
「……すごいや……兄上……」
楓真は感嘆の息をつく。気づいた兄が振り向いた。
「楓真」
兄は笑顔で楓真を迎え、用意していた木剣に持ち替えた。だが、差し出した木剣を受け取る楓真の顔に、僅かな
「どうかしたのか? 楓真」
兄の問いかけに、楓真は呟くように言った。
「……剣術に、意味はあるのでしょうか」
兄の術を見て、思う。術が使えれば、それが全てではないか。剣の腕を上げても、何の意味もないのではないか。
「それは違うよ、楓真」
兄が、穏やかに、楓真を正す。
「
兄の言葉に、楓真は書で学んだ一節を思い出す。数百年の昔、巨大な
「それにな、楓真……」
兄が小声で、楓真に
「さっき、お前は、私が修練していた炎の術を見ただろう。あれは、
「えっ?」
楓真は目を丸くした。対する兄は、笑みの形に目を細めて、
「ああ。手でも扱えなくはないが、
「そうなの……ですか……」
楓真は、ごくりと喉を鳴らす。そして、ふと、湧いた疑問を口にした。
「霊力と、
そもそも力が開花していない楓真には、その感覚すら分からない。
「使い分けられるよ。でも……」
そこで兄は一度、言葉を切り、周囲に軽く視線を巡らせ、人がいないことを確かめると、一段と
「今の時代で、大蛇の力を使えるのは、私だけのようだ。他の皆は、自分の使っている力の区別がついていない以前に、そもそも霊力しか使えていない。長い年月をかけて、血が和していったからだ。……大蛇の呪いは、まだ消えていないのに」
「大蛇の呪い?」
楓真が首を
「力が開花すれば、
そう言って、兄は楓真を促すように、
どこか遠い背中だと思った。
+
茜に染まる空の下、兄に背負われ、
「……ごめんなさい、兄上……」
「いや、謝らなければならないのは、私のほうだ」
剣術の稽古中、張り切りすぎた楓真は、盛大に足を滑らせた。
「……私の力は、ちゃんと開花するでしょうか」
「楓真は、まだ七歳だろう。力の開花は、大体、十歳を過ぎてからだ」
「でも……兄上は
「……余計なことを」
「え?」
「いや……私が少し特殊なだけだ。お前が焦ることはないよ」
楓真を軽く背負い直し、兄は家路を急いだ。
「……もう、一緒に修練をしてはもらえなくなりますか……?」
こんなことになって、兄に迷惑をかけてしまって。
楓真が、消え入りそうな声で言う。
「……そんなことはないよ」
兄が微笑む気配がした。声は穏やかだったが、その微笑の色は、背中越しで見えない。
「お前が望むなら、私はいくらでも相手をするし、お前を強くするためなら、私はいくらでも――」
兄の言葉が、途中で切れた。
「楓真様!」
こちらに気づいた使用人が数名、駆け寄ってくる。兄は、そっと楓真を下ろし、彼らに預けた。
「足を
「……はい……」
使用人たちが、気遣わしげな視線を兄に向けながら、楓真を抱え、邸へと運んでいく。邸の門の先で、小さく身を縮めて立つ父と、その前に立つ母の姿があった。父は
「待ってください、母上! 兄上は悪くありません! 私が兄上に頼んで、稽古をつけていただいたのです。足を挫いたのも私の不注意です。私が勝手に転んで――」
言い終える前に、
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