15話


「日曜日、駅に南野さんといたっしょ? 噂になってるよ、でも上手くいってるみたいで良かった」


 そんな声をかけられたのは、昼休みの後の、クラス合同の体育の時間の事だった。

 常に合同の体育があるわけではないのだが、週に一回集団競技をやる時などは、全6クラスあるうちの3クラスずつが纏められて行われる。

 こうして学校で話すのは初めてだな、と思いながら、僕は彼に頷いた。


「うん、ほら、佐藤くんには伝わると思うけど変装無しの初デートでした。…………あのさ、あの時の電話の件、櫻井さん経由ではお礼したけど、タイミングが無くて直接言えてなかったよね、改めてありがとうね。それに藤堂さんに聞いたけど、何かクラスで変に噂流れそうになった時に止めてくれたんだって?」


 D組、つまり目の前の佐藤くんのクラスは、当然のごとく中心に佐藤くんがいる。


 偶々なのか、影響によるものなのかバスケ部のメンバーも多く、千夏と僕の話が回った時には即座に名前のいじりがあったらしい。ただ、それをたしなめてくれたのが佐藤くんだと聞いていた。

 ちなみに藤堂さんの佐藤くん熱は一層上がった。


「いーや、俺は、佐藤はいいヤツだし二番って名前は嫌だなって、一言皆に話しただけだよ」


 そんな僕のお礼に、何でも無いことのようにそう言う佐藤くんは、やはり主人公然としていた。

 僕らが共に居るのは珍しい組み合わせだからか、いつも佐藤くんの周りにいるメンバーは声をかけてこなかったし、僕に絡んで来る男子もいなかった。

 体育の時間は、基本千夏とはいないから、何かしら質問だったり、やっかみが来ることもあったのだが、気楽で助かる。


「珍しい組み合わせだな、ハジメに、佐藤か。…………つかお前ら一緒にいるのやめろ、何か呼びづらい」


 なので、話しかけてくるのは、空気は読めるくせに全く気にしない、こいつくらいのものだった。


「真司になら二番呼びされても別に構わないけどね。正直、悪意も無くただの呼び名として言われる分には気にならないんだ」


「それを南野に言ったら多分キレられるぞ、お前…………プレーは我が強い癖に、変なところで下がるよな」


 僕がそういうのに、真司は呆れたようにそんな事を言う。

 まぁ確かに僕よりも、余程千夏の方が二番呼びに敏感だ。おかげで、言われることは無くなった。


「そうだよ、大体俺も佐藤も、好きでこの名前で生まれたわけじゃないし。にしても相澤か、さっきの動き見てたけど、やっぱバスケ部入ってくんない? あ、佐藤もさ、別に練習だって毎日来なくていいからさ、ストバスだっけ? 行ってんでしょ?」


「……ん? 何でそっちの佐藤がストバスのことまで知ってんだ? まぁいいか、部活なんざ時間拘束多くて自由も無いし興味も無い」


「いやー、正直今更部活もなーって思ったりもするんだよね、バイトしながら、偶にストリートでバスケして、休みの日には千夏と遊べるし」


「…………相澤の興味はないはともかくとして、佐藤ってさ、正直毎日部活ばっかやってて、彼女もいない俺なんかよりよっぽどリア充だよな?」


 憮然ぶぜんとしている佐藤くんというのも中々珍しい気がした。


「け、二番の癖に調子に乗りやがってよ……どうせバスケだって佐藤の方が上手いくせに、ちょっと料理だなんだと女子に騒がれて良い気になりやがって」


 これ見よがしにそんな事を言っている声が聞こえる。

 目をやると、サッカー部の数人が固まって、こちらを見ていた。言葉を発したのは、あの件でクラスで立場を失いつつある石澤だった。

 正確に言うと、元々女子からの評価が低かったのが加速して、結果的に、より相手にされなくなり始めたというべきか。


 まぁ、男子しかいない体育の時間の陰口などはよくあることだったし実害も無いのでスルーしていたのだが、今日は少し勝手が違った。


「なぁ、お前らは何でそんなに佐藤のこと気に入らないわけ? 大体、俺のほうがいつも上だとか決めつけてるけどさ、正直勝手に二番呼びのダシに使われてるのも俺、いい加減に嫌なんだけど」


「…………だってよ、そいつ元々バスケ部のくせに佐藤と戦うのも嫌で逃げたんだって話だぜ。それで帰宅部で時間ある間に南野なんて大物捕まえやがって、こないだも見せつけるように駅前でいちゃつきやがって……佐藤はイラッとしないのかよ」


「あぁ、イラッとはするな」


 石澤のセリフに、佐藤くんは珍しく吐き捨てるように呟いた。


「だよな!? こんな二番に――――」


「いや、イラッとすんのは普通に考えてお前らにだよ…………大体佐藤はいいヤツだし、南野さんと付き合ってても全然変でもないよ、全然関係ないお前らが苛ついてる方が余程変だ、なぁ相澤」


「……あぁ? お前そこで俺に振んのかよ、結構いい性格してんな。まぁそうだな、それに少なくともこいつはバスケに関してだけは中々やるぞ? 逃げた云々の話の出処は知らんが、事実はどうあれ、そもそもお前らどの立場からそうやって言ってやがんだ?」


 佐藤くんが怒っていた。

 そして、恐らく真司も。


 千夏もそうだったが、いつの間にか、僕には代わりに怒ってくれる人達がいた。


 自分のことだし、別にどうでもいい、と思っていたことはもしかしたら間違いだったのかもしれない。

 確かに、想像もできないことではあるけれど、千夏や真司、それこそ藤堂さんや櫻井さんや法乗院さん、佐藤くんが何か当人に関係ないところで馬鹿にされていたら、それは嫌だと思った。


「……じゃあ証明してみろよ」


「は? 何を?」


 負け惜しみのように、そんな事を言われて、疑問の声をあげたのは普通だったと思う。


「佐藤と勝負してみろって言ってんの」


「いや、意味がわかんないし、しかも勝負は石澤とかとじゃないのかよ」


 僕のツッコミは絶対正論だった。

 だが、その後の流れがおかしかった。


「勝負か………………それ、いいんじゃないか? 勝負するか、佐藤?」


「え? 何で?」


「……おい、佐藤。わざと負けようとしてんじゃないだろうな?」


 石澤の後ろにいた、佐藤くんと同じクラスの男子がそう言った。

 確か、帰り際に突然千夏に告白して断られていた一人だったと思う。


「あのさ、俺もいい加減怒るよ? バスケ部がバスケで勝負仕掛けてわざと負けて何の得があるんだよ」


「……腰を折るようで、僕が聞くのもおかしいけどさ、何で僕と佐藤くんが勝負する話になんの?」


 おずおずと僕はそう質問した。流れがおかしいのは自覚している。

 真司がちょっと笑っているのがムカつく。


「いいじゃん、一回やってみたかったんだよね! 佐藤が出来るやつだって見せる事にもなるし。……そんでさ、俺が勝ったら、バスケ部に入ってよ、佐藤」


「へぇ……悪く無いじゃねぇか、その勝負、もし佐藤がハジメに勝ったら、俺も入ってやるよ」


「おい、真司まで何を?」


 僕が声を上げるのを手をあげるようにして抑えて、真司は周りを見渡した。


「ただし……聞き耳立ててるお前らも全員聞けよ! その勝負でこいつが勝ったら、二度と二番って呼び方すんなよ!」


「お、それいいな。じゃあ俺が勝ったら二人はバスケ部入りで! 負けたら、っていうかそもそも勝とうが負けようが二番って呼ぶなってとこだけど。それじゃ俺が得しかしないから、俺が何でも一つ言うこと聞くってことで」


 真司がそう言って、佐藤くんも続いて、それまで遠巻きに見ていた男子も含めて流れが確定した。


「……真司、佐藤くんも何でそこまで」


 僕が、少し諦めたようにそう呟くと二人は言った。


「いい加減、俺も苛ついてはいたんだよね、こういう空気。佐藤さ、馬鹿にされるいわれ、無いじゃん。後さ、さっきから言ってるけど、バスケ部入ってほしいのはマジだから…………こう言っちゃなんだけどさ、一年生の俺がエースって呼ばれるほど、あんまり強くはないんだよね、うちのバスケ部。佐藤はPGで、相澤はSFって感じでしょ? 俺ら三人が二年とか三年になったらさ、強くなりそうじゃない?」


「佐藤のその情報はどこ起因なのか気になるとこだが、まぁそうだな。お前はPFってとこか?」


「そういうこと、性格的にもさ、俺らうまくやれそうじゃない? 一緒に全国でも目指そうぜ」


「なるほどな……ハジメ、こいつもう勝った気でいるぞ? いいのか?」


 佐藤くんと真司がそんな会話をしつつ、最後に真司がニヤリと笑って僕を挑発するように言う。

 まぁ確かに、こっちも公式としてはブランクはあるとは言え毎週やってはいるのだ。最初から負けると思われているのは、少し負けん気というものが刺激された。


「ったく、ここで煽ってくるなよ…………でもそうだね、まぁ感謝をしつつ、やってみようか。3本勝負の得点が多い方が勝ちってとこでいいよね? すぐやる?」


「いや、どうせなら、放課後とかにしようぜ。バスケ部だけで体育館を使える日が、明後日だから、その日でどう?」


「わかった、じゃあゴールの感覚、戻しとくよ」


 そうして、僕らは初めて、戦わずして決められていた順番に反抗すべく、一度戦ってみることにした。

 だが、この約束が、変な噂を呼ぶことになるとは、この時の僕は予想もしていなかったのだった。

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