16話


 約束をした当日はおかしなことは無かったが、その翌日、学校に登校すると向けられる視線がいつもよりも種類が違う気がした。

 そして、教室に入ると、石澤がニヤニヤしていて、千夏と、藤堂さんが二人でこちらを見て寄ってきた。


「ねぇハジメ、どういうこと?」


「え? 何かあったの?」


 千夏の少し不安そうな顔に、僕がポカンとしていると、藤堂さんがまぁそうよね、と呟いた。


「とりあえず結論だけ言うと、うちの学年だけじゃなくて二年三年のとこにも、あんたと佐藤くんが、千夏を賭けてバスケで勝負するって噂が流れてる」


「…………は?」


 その言葉に、僕は呆然とした。何だその噂。いや、それより他の学年にも?


「何か、昨日の体育の授業中にそんな話になったって、本当なの? ハジメ……今、ゆっこと玲奈は気になることがあるからって外に行っちゃったんだけど」


「まず、勝負はするんだけど、賭けてるのは当たり前だけど千夏じゃなくて、僕と真司がバスケ部に入るかどうかだよ。後、僕が勝ったら、というかいい勝負したら二番とはもう誰も呼ぶな、みたいな話だったんだけど…………まぁ、そういうことだよね。元々、そういう絡みから話出たから。ごめん、迂闊だった」


「まぁ何にしても良かったわ……もしあんたが勝手に自分の彼女を賭けるようなやつだったら殴ってやるところだった」


「ほら、だからハジメは絶対にそんな事しないって言ったじゃん」


「でも、そう言う千夏だってちょっと不安そうだったじゃない……ほら彼氏、ちゃんと元気づけてやってよ! ちょっと私は情報収集してくるから――――ねぇ石澤、私さ、腐ったような噂を流す男って本当に嫌いなのよね、心当たり、無い?」


 最後に、あからさまにビクッとして、背を向けてどこかに行く石澤をキッと睨みつけつつ、藤堂さんも出ていった。


「……千夏、ごめんね、まさかこんな大事になるとは思わなくて、不安にさせてごめん」


「大丈夫……それよりハジメが本当に勝負はするの? その、佐藤くんと?」


「いや、正直なんでその流れになったのか僕もよくわからないんだけど……多分、櫻井さんから僕と真司のバスケの情報が佐藤くんに流れたんだと思う。で、バスケ部に勧誘されて、そんな時にいつもの二番の揶揄でさ、佐藤くんがじゃあ勝負すればいいって言ったのに真司が乗っかってさ。後はまぁ、僕も、一度やってみたかったというか」


「……ハジメが珍しいね。うん、わかった、じゃあうちは彼女として勝つのを見てればいいのね?」


「勝つって思ってくれるの?」


「当たり前じゃん! ……って言うほどうち、佐藤くんのこともバスケの事も知らないけどさ、彼氏の負けを願う彼女はいないでしょ! それにさ、学校では初めてだもん。そういう、勝負するモードになってるハジメ。どんな時も良いと思うけど、うちはそういうハジメも大好きだし、ハジメがどんなに格好いい人かよーく知ってるから」


「…………何か、あまりにも可愛すぎて、今日一緒に家に帰ったら襲っちゃうかもしれない」


 何だか気持ちが溢れそうになって、そっと千夏に近づいて、ぼそっと耳元に呟くと、千夏は真っ赤な顔をして僕の胸元を叩いた。

 周りに誰も居なくて良かった、と思った。



 ◇◆



「で、いっくん、どういう事か説明して」


 優子は、スマホで呼び出した幼馴染を人気のない校舎裏で問い詰めていた。


「いや……一回ちゃんとあの佐藤と勝負してみたかったんだよ。理由は優子だって知ってるだろ? こないだも撮った動画回してくれたから、あれ見てめちゃくちゃ俺も行きたくなったんだからな!」


「……? もしかして、噂、まだ知らない?」


「噂? いや、教室行く前に優子の連絡に気づいたから直接来たけど、何のこと?」


「佐藤くんといっくんで、千夏ちゃんを奪い合うためにバスケ勝負する話になってるよ」


「はぁ? 何でそんな事に!? ……ってホントだ、優子からの後に、幾つか連絡来てるかも」


 本気で驚いている幼馴染に、優子はため息をつく。

 この幼馴染は、完璧超人に見られることが多いが、その実勢い任せで突き進むことが多いのだ。

 それでも能力の高さと人柄による周りの手助けで事故にはならないことがほとんどなのだが、今回の件は完全に事故だった。


「……で、多分わざと負けるとかなく、本気で勝負やるんだよね?」


「当たり前だろ? というか皆佐藤のこと甘く見すぎだって、俺より断然バスケ歴も長いし実績もあんだぜ?」


「だから、そんなの皆知らないんだって……でもまぁ、考えようによってはありか。料理だけだと正直、女子にはウケるけどパンチ力が足りないとは思ってたんだよね…………なるほど、じゃあ噂はそのままにして? あのさ、悪いけど、今回は私はそっちの応援してあげないからね」


「……う、まぁそれは、仕方ないのか?」


「はぁ、そんなしょぼくれたような顔しないでよ……全く。いい? 前にも言ったように今の私は千夏ちゃんと佐藤くんのカップルが最推しなの、もしその邪魔をするようだったら、例えいっくんと言えども…………」


「怖い、怖いから……噂は俺も否定しておく、何処まで広まってんの?」


「多分三年まで届いてる……というか千夏ちゃんに彼氏が出来たって話自体は通ってたから、多分同じような感じで、同じ名前の佐藤と勝負ってことで広まったんだと思うけど」


「やけに情報が回るのが早くない? あー、そしたら俺が否定するだけでも無理か」


「ううん、そのままでいいや、ただ、いっくんは勝負とかそういうのじゃなくて、千夏ちゃんにヘイトが行かないように大きな声で否定しておいて。勝負するって噂自体は消えなくていいから」


「よくわかんないけどオッケー! 後、きっと大丈夫だって、逆にこれで興味ある連中が集まるなら、佐藤は二番じゃないって分からせることもできるんだろ」


「……わかってなくても、やることと最後に自分で言ったことがわかってればいいや。……全く、それを最初から考えてたらってのと、後その場合自分が噛ませ役って理解できてたらそのセリフも説得力あるんだけどね」


 優子はため息をつく。

 後は、これをこの幼馴染から直接ではなく、誰かから聞いた話に加工しつつ、後で早紀ちゃんたちとも相談しないと、と脳はフル回転し始めていた。



 ◇◆



「どこまでが想定通りですか?」


「…………お前こそ、誰かのために率先して動くのは珍しいな、こうして学校で普通に呼び出してまで」


 真司は、形ばかりの婚約者である玲奈が、こうして自分を呼び出してきたことに驚いていた。

 そして、当たり前の様に真司の手が入っていると疑っていないのもまた、流石だと思った。


「誤魔化す必然性を感じませんが、今一度聞きます、どこまでが想定通りですか?」


「確かに、情報を拡散させやすくしたのは俺だ…………昨日絡んできた連中は、自分たちが噂をまいたとでも勘違いしてるだろうが、あいつら程度にそんな影響力はねぇのはわかってるから真っ先に俺の所に来たんだろうな、お前は」


 玲奈はコクリと頷く。

 この少女は聡く勘がいい。いや、同じような思考の教育を受けているというべきか。

 ただ、何故そうしたかまではわかっていないようだった。


「お前は、佐藤とハジメが勝負したらどっちが勝つと思う?」


「それは、バスケ部の方の佐藤さんなのでは? その、体格も違いますし、能力自体も佐藤さんの方がかなり高いように見えます」


「そうだな、じゃあ、俺とハジメだとどう思う?」


「…………質問の意図が掴めませんが、それも間違いなく貴方の方が上かと。能力は存じ上げておりますので。まぁ、これが貴方とバスケ部の佐藤さんでは、正直わかりませんが、それでも佐藤さんの方が毎日やっていることと体格の点で有利なのではないかと」


 玲奈の言葉に、真司は満足そうに頷く。流石に令嬢として教育されているだけあって、人を能力で見抜く力はきちんと備わっているようだ。

 だからこそ伝わるだろうと思い、真司は言った。


「そうだろうな、ちなみに俺は、あいつと初めて会った時勝負したんだ。――――結果は俺が負けた。負けたと思わされた」


「…………え?」


「まぐれでもねぇ、3本勝負だから、完全になめてたわけでもねぇ。多分、あの時の俺は何度やっても高確率で負ける…………お前の見立通り、普通にやりゃあほぼ勝てるだろう相手にだ」


「よく、わかりません」


「俺もな、何でああいう風にあいつが出来上がってるのかまでは、よくわからねぇ。ただな、恐ろしい程に、という時の勝負事に強いメンタルを持ってやがんだよ。…………佐藤が緊張するくらい観客が多いほど、舞台としてはいい。何より初見なら、勝率は悪くねぇどころかかなりいいと踏んでる。万が一負けても、対価があいつらとやる部活動程度なら、俺としてはオール・インして釣りが来る賭けだ。そしてな、俺はやるなら纏めて始末してしまいたい派なんだよ」


「だから噂を流したのですか?」


「そうだ、絡まれている中で、佐藤が勝負とかの話に乗り気だった時にこれは使えると思ってな。…………多分だが、佐藤もわかりやすくハジメが認められるイベントでも探してたんじゃねぇか? こうなるとは考えて無さそうだったけどな」


「……なるほど、正直バスケ部の方の佐藤さんについては直接は存じ上げませんが。ただやはり、千夏さんを賭けるという物言いは自体は、諸刃もろはなのではという懸念は拭えませんが」


「火元のあいつら馬鹿が考えたことで、こっちは火事にしただけではあるからな……ただ、それも心配はないだろ。まぁ見てろ、ハジメは多分、南野を賭けた状態と思わせたまま勝負は始めない」


「そうなのですか?」


「具体的にどうするかは知らんが、そういうところを疎かにしない奴なんだよ。……だからあくまでこれは、あいつらの関係にくちばしを挟めると勘違いした奴らを一斉に集めるためだけの一時的なもんだ」


 玲奈の顔に、納得の表情が浮かぶ。しかし最後の疑問のように口を開いた。


「ですが、それを本人たちには伝えずに、もしも壊れてしまったらどうなさるおつもりだったのですか?」


 それに、真司はふん、と笑って答えた。


「……俺の見立てが間違っているとは思えねぇが、もしそれで壊れるなら、それまでってことだろ。俺に言えるのは、そうじゃないと思っていた、って事と、そうだな、少なくとも俺が知るあいつはこれで壊れるほどの可愛げはないし、場を整えてやれば、自分で認めさせるだけの輝きは持ったやつだと、そうと言えばいいか?」


「……! そう、ですか。失礼しました」


 真司の言葉に、玲奈の顔に驚愕が浮かぶのを見る。そんな彼女は中々に珍しいことで。

 真司は、自分が似つかわしくない言葉を使ったのを自覚しながら、明日を楽しみにしていた。

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