8話


 何故か僕は今、右肩に少し落ち着いた千夏をしがみつかせながら、対面の席には藤堂さん、法乗院さん、櫻井さんが座るという布陣でファミレスにいた。


 元々、どうして僕がここに来れたかというと、少し不思議ではあるけれどそこまで難しい話ではない。


 バイトの直前、僕のスマホに知らない番号からの電話がかかってきたのだが、取ると何故か佐藤君の声で、ファミレスの場所と彼女がやばいらしいから向かって! と言われたのだ。


 どこから番号を知ったのかとか、何でそんな事を知ってるのかとか、色々疑問はあったけれど、わざわざ番号を調べてまで僕にそんな嘘をつくとは思えなかったし、確かに千夏に送った連絡はいつもと違って既読にならない。


 直感に従って店の前でお客さんを下ろしていたタクシーを捕まえて行き先を言って、店のグループにメッセージを送った。すぐにOKが返ってきてくれたのは幸運だった。


 そうして、急いでるのを察して本当にめちゃくちゃ急いでくれたタクシー運転手さんに感謝して、ファミレスに到着して中に入ると、入り口からもわかる異様な雰囲気で千夏達のグループが席に座っているのが見えた。


 千夏の名前を呼んだら、藤堂さんと法乗院さんにはポカンとした顔をされたが、何より千夏は酷く怯えたような顔をしていて、来てよかったと思う。

 佐藤君には感謝しかない。

 ――後、来て分かったけれど、きっと櫻井さんにも同様の感謝が必要だろうと思う。


「えっと、とりあえずごめん、佐藤、くんが、千夏の彼氏って事で、いいのかな?」


 藤堂さんが、少し涙の跡が残った目をこちらに向けて、おずおずと切り出した。


「うん、その通りなんだけど……こっちこそごめんね、正直、全然状況を把握できてなくてさ、少し説明してもらえると助かるんだけど」


 ひとまず質問には肯定して、僕も同様に質問を返した。

 何故こうなってるのか誰でもいいから説明して欲しい。


「……私が説明する、ね。でもその前に、千夏も、佐藤くんも。……本当にごめんなさい! 私千夏のスマホ見て、頭真っ白になっちゃって……勘違いで酷いこともたくさん言って……本当最低、ごめん」


「……ううん、うちがそもそもいけなかったんだよ、早紀が言ってたみたいにうち、本音、話せてなかった。怖かったんだ、ごめんね、早紀。それにゆっこや玲奈も、ごめん」


 藤堂さんの謝罪に、千夏がそう返して、三人をそれぞれ見る。


 そうして、藤堂さんは僕に向けてここまであったことを話してくれた。

 調べたい事があったけれど電池が無くてスマホを借りたこと。

 通知が来て押してしまったら、メッセージアプリが開いて、僕からのメッセージが一番上にあったこと。

 年明けに変えたアイコンが実は佐藤くんと被っているらしいこと。

 千夏が基本的に男子のアカウントを入れないと知っていたことと相まって、勘違いと不信感で酷いことを言ってしまったこと。


「……なるほど、話してくれてありがとう。事情はわかったし、僕としては特に何も言うことは無いかな。強いて言うなら、タイミング良く来れて、千夏と藤堂さんが変にこじれたりしなくてよかったって思う」


「佐藤…………あんたって、全然話したこと無かったけどいい奴だね。本当にごめんね、多分、何も考えずに二番とか呼んだこともあると思う。……千夏も、自分の彼氏がそんな風に言われるの、絶対に嫌だったよね、ごめん、謝ることしかできないけど、謝る」


 藤堂さんは直情的な事もあるけれど、基本的にサバサバしてて気持ちのいい人だと千夏に聞いていた、まぁ初恋が絡まなければって言っていたけど、今は凄く凹んでいるから逆にこちらが申し訳ない気持ちになる。


 正直、運が悪かったのと、後は、僕の自信が無くて変に隠してたのがいけなかったんだと思う。


「ううん、ハジメが許してるし、もう呼ばないでくれたらそれでいいんだ。うちも友達に、うん、友達って思えてるから余計にそう言われるのが嫌だったのかも。……そしてさ、さっきも言ったけど、うちの方こそ、ずっと本音隠してるって感じさせててごめんね、早紀の勘違いの大元には絶対それもあったと思う…………せっかくだから、今更だけどうちの話、聞いてくれる?」


 僕と藤堂さんの中でお互いのやり取りが終わって、続いて千夏が今度は三人に向けてそう言った。

 絡めた腕は離しつつ、手は握ったまま。


 その指先の冷たさから、僕にも千夏の緊張は伝わってきた。でも、それでも、友人たちとの関係をきちんとする事を選んだのだと思うし、それなら少しでも心の支えになるならと、手を包むように握る。



 ◇◆



「なるほどね、そういう理由で、あの中学からこっちに来たんだ……クソ男たちのせいでしんどかったね、千夏」


「あ、早紀もそう思うよね? 私的には正直、その親友な女の子はそこまで責められなくて、ただ、とりあえずその親友の彼氏だった男? そいつが最低」


「そうですね、彼女の親友に勘違いで勝手に惚れた上に、最終的に関係までぐちゃぐちゃにしたのはその方のせいですね。その後の教師の男性についても、私としては馘首くびにしてあげたいところですが」


 千夏の話を聞いて、三人がそれぞれ出した結論は、とりあえず元親友の元彼氏のダメ出しだった。

 後ちょっと法乗院さんが馘首くびって言うとリアルで怖い。


「みんな……」


 千夏は少し拍子抜けをしたような顔で呟く。


 僕としては千夏と三人のどちらの気持ちもわかった。

 千夏はなんだかんだで中学の時の親友のことがトラウマのようになっている。だから、そうして話すのが怖かったのだろう。

 ただ、僕が聞いた時もそう思ったが、正直千夏には何も非はなかった。

 結局のところ、千夏は良い子なのだ。だからこうして、目の前の三人が同じ感覚で同じ感想を抱いてくれたことに、僕は内心ほっとしていた。


「……そして、なんていうかさ。そんな千夏の心を解きほぐしたのが佐藤なんだね。めちゃくちゃ今も、慈愛って感じで千夏のこと見てるけど」


「えへへ、そうなんだよ、うちはハジメに救われたの」


 藤堂さんが僕の方を驚いたように見て、それに千夏がはにかむような笑顔でそう答える。

 それは、当事者の僕が見ても照れてしまうほどのとろけるような笑顔で――――。


「羨ましい」「……眩しい」「あらあら」


 その威力はというと、正面から受けた三人が、少し顔を赤らめる程だった。


 この空気、僕はもうそろそろ立ち去った方がいいんじゃなかろうか。


 そんな事を考えていると、櫻井さんが気を取り直したように言った。


「でもさ、結局二人はこの後も関係は隠すのかな? そうであれば、私としても他言したりはしないけど……ね、早紀ちゃん、玲奈ちゃん」


「ええ、それは勿論」「私としても構いませんが」


 言外に、本当にそれで良いのか?と尋ねられている気がする。

 そして、僕も同様にこのままで良いのかと考えていた。


 確かに、おおやけにすることによって、被るであろう好奇心ややっかみが嫌だったというのはある。隣に立つ自信と言う意味でも、あの時の僕は甘えることを選んだ。

 でも、それが理由で今回のように、千夏側の付き合いに歪みが出てしまうのは違うだろうと思う。元々、僕が普通に彼氏だと知っていれば絶対に起きなかった勘違いなのだ。


 ポケットの中の、キーケースについたアクセサリーの手触りを感じる。

 関係が進んで、身体を重ねたことももしかしたら一因かもしれないと思うと、自分の男としての自信なんてものが俗っぽい感情なんだなと思うけれど。

 それでも、去年は定まりきらなかった重心が、僕の中でしっかりと定まった気がした。


「千夏……あのさ、そっちにも迷惑かけることになるかもしれないけどさ、敢えて隠すの、もうやめにしようか?」


「……え? でも」


「隠してることでさ、僕は楽だけど、それで千夏がすり減ってたら意味ないんだよ?」


 少し躊躇いを見せる千夏に、そう言って笑いかける。

 もう大丈夫だと思う、そう言葉に、そして笑顔に込めて。


「うん、わかった…………あー! うちさ、元々うちから提案したのに凄い勝手なんだけど、ハジメがそう言ってくれて、学校でも堂々とハジメと絡めるって思うと……めちゃくちゃ嬉しいかも!!」


 それに、じわじわと浸透するように笑みを浮かべて頷いて、千夏はそんな事を言った。そして言葉だけではなく、頭を僕の肩に擦り付けるようにして甘えてくる。


 そして、ここはファミレスで、そんな僕らの前には普通に彼女たちが居て。


「ねぇ千夏、一応私らもいるんだけど…………っていうかさ、似合わないとかはもう全然思わないんだけど、そもそも千夏、佐藤にベタ惚れ過ぎじゃない? さっきの過去の後、本音さらけ出せない状態からさ、一体何があったらなるわけ?」


 藤堂さんの呟きに、櫻井さんも法乗院さんも興味津々のように頷くのだった。


 え、この後今までのことも話すなら、本気でちょっと席を外したいです。

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