6話


 新学期が始まる二日ほど前のこと。


 その日は、ハジメは午前中は新年の家の掃除――手伝うと言ったのだが一緒にいるとつい構ってしまうからダメと言われた――をして、夕方からはバイトということで会えず、千夏も同様にグループの友人達と今年初めて会う日であるため久しぶりに一日ハジメに会わない日だった。


 今年が始まってからというもの、毎日泊まる訳では勿論無いが、ハジメがバイトで遅くなる時は出迎えて普通に泊まったりしつつ、ハジメとはとても順調に恋人としての関係をはぐくめていると思う。


 ちなみに、涼夏には報告はしていないが、一目見られて、うん、言いつけ通り気をつけなさいよ、とだけ言われた。

 何でわかるんだろう。


 外に食材などを買い物には行くものの、メインは恋人らしいデートというよりお家デートとでもいうのか、家で毎日のように一緒にいた。

 あまりに毎日一緒にいたため、顔を合わせないことに違和感を覚えるほどだ。


 だからだろうか、その日の千夏は少しだけ油断していたのかもしれない。

 でも千夏は後日、この瞬間を思い出す時、ハジメと二人で行った初詣を同時に思い出す。

 ――――もしかしたらあの願いを先に進めてくれるきっかけを貰ったのかなと、今ではそう信じている。



 ◇◆



「明けましておめでとう!」


「千夏あけおめー、玲奈はもうすぐ来るって、ゆっこもいま来たとこだし皆時間通りで何より!」


「早紀ちゃんはいつも10分前行動だよねぇ」


 千夏が駅前の学生にも優しいイタリアン専門のファミレスに入ると、既に席を取ってくれていた藤堂早紀とうどうさき櫻井優子さくらいゆうこが手を振ってくれる。

 割りとマイペースで時間に遅れることも多い法乗院玲奈ほうじょういんれなも来るということで、集合時間に皆集まれそうだった。


「…………冬の年始合宿のせいで、死ぬほど筋肉痛」


 早紀がその長身の身体を縮こませるようにして、プルプルと震えているのにあはは、と笑う。


 新年早々合宿とは中々ハードなスケジュールだなあと思いつつ、千夏はコートを畳んでスマホをテーブルに置いてメニューを開いた。

 ハジメのご飯が美味しいからか、それともホルモン的なものなのか、体重は変わらないのに少しだけ身体に丸みが出たような気がする今日このごろであるが、こういうお店の甘いものは気になるのだ。


「体育会系は大変だよねぇ。確か今年は男子と同じだったんだっけ?」


「そうそう! でね、とうとう…………佐藤くんのアカウントゲットしました! えっと、グループとしてなんだけど」


 そして、優子の相槌に、これが本題だと言わんばかりに興奮した様子で、早紀が満面の笑みで言った。

 見せられたバスケ部男女グループ、というそのままの名前のグループには、『佐藤一』のアカウントもあり、バスケットボールのアイコンになっていた。


(あれ、ハジメと同じじゃん……あ、そっか、こないだ最近流行ったバスケ漫画のリメイク映画の画像から持ってきたとか言ってたなー)


 バスケ好きには安定のアイコンなのかなと、そうぼんやりと見つつ、であろう優子に反応させるのも悪いかと思って千夏は反応する。


「おおー、早紀良かったじゃん! これで一歩また近づいたね!」


 そう言いつつ優子を見ると、にこにこしながらも早紀には見えないテーブルの下で片手だけ器用にお祈りのポーズを取っていた。


 正解だったようだ。良かった。


 複雑ではあるが、千夏も、そしておそらく優子も早紀の事を応援しているのは事実だった。

 ずっとバスケ三昧だった上に、その高身長美人という外見から男子より女子に好かれていた早紀は、入学の後のバスケ部の男子女子の交流会というもので、自分より身長が一回り大きくしかも超人かともいうべきスペックを持つ佐藤くんに人生初の恋をしている。


 ちゃんと努力もしているし、クラスは違うが部活関連での関わりの際のアピールも頑張っているらしいとは聞いていた。

 これだけの美人に靡かないのかな、と内心思っていたが、以前二人でいるところを見た際の佐藤くんの優子への態度を見ると、好みの問題なのか、それともまだ気持ちが残っているのか、それはわからないが色々と難しいなぁと思う。


 早紀は高身長スレンダーのモデル体型美人で、優子は小柄で、それこそゲームとかに出てくるようなトランジスターグラマーの可愛い系少女だ。性格もぜんぜん違う。


 可愛ければ誰でもいいとか、そういう人もいるだろうが、何というか佐藤くんは、噂で聞いた人柄からもハジメに聞いた人となりからも、そうでは無さそうだと思った。

 というかそれであれば誰でも付き合いそうなものだが、フリーのようだし。――となると、優子が? と思ったところまでで千夏は思考を止めていた。


 何だか、どう考えても千夏の手に余る。


 そして、昔の千夏であればともかく、今の千夏は好きな人に自分を見てほしいとか、好きな人を大事にしたいとか、そういう想いも理解できる。


 ――――それに、ハジメがもし自分とは全くタイプの違う小柄で可愛くしかも性格も良いことを知っている巨乳幼馴染がいて、その他にも学年問わずで結構大勢ファンがいたらと想像してみると。


(…………絶対に無理だ)


 そんなことになったらストレスが半端ないことになりそうだった。優子のことを知らないにしても、状況的に早紀が焦るのも良くわかる。

 また、優子の佐藤くんに対する思いも、正直どんな複雑な思いなのかわからない。


 優子も早紀もいい子だから、第三者的な応援に徹しよう。

 そう心に決めた千夏だった。

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