5話


(…………?)


 いつもと同じ部屋なのに、いつもと違う感覚を身体が伝えてきているのを、微睡みの中で僕は感じていた。

 意識が覚醒していくにつれて、暖房をガンガンに効かせた状態による喉の渇きと、とても柔らかい感触、そして布団では決して無い温かさを感じて、僕は目を覚ます。


「…………っ!」


 息を呑んだ。

 目の前に千夏の寝顔があり、完全に僕は覚醒する。


 そして目を落とすと、昨晩服も着ずに寝たため目のやり場に困る状態の、一糸纏わぬ恋人の身体が見えた。

 見惚れそうになって、咄嗟に布団をかけ直して跳ね上がる心臓の音を聞く。


「ん…………う?」


 千夏がモゾモゾと動いて、昨晩役目を果たしたのにもかかわらず節操なく朝の生理現象に見舞われている僕の、身体の一部に千夏の膝らしき部分が触れて――――。


 恐らく千夏も寝ぼけているのだろうか、少し自分の状況と、身体にあたったものが何かを確かめるようにしつつ、少しずつ意識が上ってくるのが見ていてわかった。


 そして、パチリ、と千夏の瞳が開いて、目が合う。

 膝に当たった感触からなのか、段々と目線を下げて何かを確認しつつ、少しずつ、頬から耳に赤みが増していく。人の顔がゆっくりと紅潮していくのを間近に見たのは初めてだった。

 なるほど、潮が満ちるように赤くなるから、紅潮と呼ぶのか、と変な納得をしていると。


「お、おはよう、ハジメ。…………その、うちは、全然大丈夫だけど、朝だし、ご飯食べて初詣とか行ってから………………しよ」


 千夏がおはようの挨拶をくれて、その後、とても小さな、ともすれば聞き逃しそうな声でそう言った。


「…………」


 そんな千夏の言葉を耳にして今年初めての朝を迎えた僕は、これ以上ないほど幸せな男だと思った。



 ◇◆



 二人それぞれシャワーを浴びて、軽く朝ご飯を食べたら近くの神社に向かう。


「本当はさ、着物とかバシッと決めてみたかったんだけど、持ってないし、お母さんも居ないしさ」


 千夏はいつもの地味モードの状態にモコモコの上着を着込んでいて、僕は僕で長野県ほどでは無いが寒い冬の朝に耐えるべく、ニット帽にコートにと機能性重視の厚着をしていた。多分余程近づかれなければ僕らとはわからないだろう。


 正月ともなれば、人出は中々凄いものがあった。


「ハジメハジメ! おみくじも引こうよ! あ、出店でみせまである、結構凄いね」


 僕の住む地域には、古くからあるらしい神社が幾つか有り、どうもこの時期は地域の人達によるたこ焼きや甘酒、鈴カステラなどの屋台も数多く出るようだった。


「後で見て回ろうね、とりあえず本殿はこっちみたいだから、お祈りしてからにしようよ」


 はしゃいでいる千夏もやっぱり可愛いなと思いつつ、一先ず目的の初詣とお賽銭を先に済ませるべく、僕は千夏に声をかけて、二人で列に並ぶ。


「お賽銭、今年はちょっと奮発しようかな」


「奮発?」


「そうそう、いつもは十円とかなんだけど、今年のうちは欲張りになりそうだから、財布にある小銭を全て投げ入れる勢いなのです」


「あはは、ちなみにいくら入ってるのさ?」


「えーっと、うん、395円だね。お、サンキュー御縁じゃない?」


「…………」


「ちょっと、寒くなるじゃない、彼氏なんだから無視しないでよ?」


「…………咄嗟にコメントが出てこなかったんだよ! そして彼氏の役割にツッコミは無いよ!」


 順番に並んで、そんなじゃれ合うようなやり取りをしているうちに僕らの番が来た。

 ちゃんと調べておいた二礼二拍手一礼をする。


「確か住所も言うんだよね?」


「そうそう」


 質問にそう答えつつ、千夏に倣って僕も小銭を全て投げ入れる。500円玉を入れるのは初めてだ。最近初めてが多い。

 去年の感謝と、少し横目に一生懸命祈っている千夏を見て、今年の唯一と言ってもいい願いを込めてお礼をした。


「さ、おみくじおみくじ」


「そういえばさ、僕も小銭全部入れちゃったけどおみくじってお釣りもらえるの?」


「あ…………もう! 何でハジメまで小銭全部入れちゃうのよ!?」


「ええー…………とりあえずあっちのたこ焼きか、甘酒買ってお釣りもらってからおみくじ引こうか」


 ――――何気ないやり取りの気安さが、この先もずっと、続きますように。


「そういえばさ、ハジメは、何を願ったの?」


「えっと、勿論千夏とのことだけど……いざ言うと恥ずかしいかも。そういう千夏は? そういえば欲張りって言ってたけど」


「うち? 一つはお母さんが健康でありますように。でしょ。そして、おばあちゃんがもっと長生きしますように。後はね…………弟が、無事に産まれますようにって」


「あ…………そっか、そうだね」


「欲張りでしょ? 勿論それに加えて一番は、ハジメとのことだって願ったよ。ふふ、そして聞いといてなんだけどハジメも同じこと祈ってくれた気がするんだよね」


「僕は、それしか願ってなかったけど、確かに千夏みたいに叔父さんの健康くらいは祈ってあげればよかったかな? 千夏は偉いね、凄いと思う…… そして僕も、千夏と同じこと祈っていられたら良いなと思うよ」


 そうしてお互いにふふ、と笑い合って、一番のお祈りを言い合う。



 もしも神様がいるというのなら。

 去年は本当にありがとうございました。そして、今年もよろしくお願いします。



 ――――どうかこれからも、この人と隣で一緒に幸せであれますように。


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