11話


「家族ぐるみの付き合いの幼馴染で元カレ?!」


 千夏がうっかり大きな声を出すのを、顔を赤くして周りを気にしながら優子が慌てて口を塞ぐ。

 咄嗟に言葉を発してしまった千夏も、はっとして周りの人達の目線に頭を下げた。


「…………なんて言うかそれは、属性が多過ぎない?」


「いやそれは……ってか千夏ちゃんって、属性とか言うんだ、意外」


 千夏がポツリと呟いた言葉に、優子が変に反応する。完全にハジメのゲームの影響だった。

 いやだって、ハジメが清楚系巫女男の娘キャラとか、ツンデレ頭脳明晰美少女とか、ほんわか系幼馴染とか、キャラごとの属性の説明をするから…………じゃなくて!


「それは置いといて、そうかー、それはなんて言うか」


「ごめんね、えっと、ちょっと言い出せなくてさ」


 うちの方が完全に何もかも隠し事が多いのに、申し訳なさそうな顔で謝ってくる優子に、うちの中の何かがガリガリと削られていく気がした。

 そして同時に、何故言いづらいのかも理解する。


「早紀があの状態だと、そうだよね……」


「うん。いやね、最初は敢えて隠していたわけじゃないんだけど、その……じゃあ私がいっくんを紹介するとか直接的に応援するとかも変というかその、無理だし、何ていうか……」


「大丈夫、わかるから」


 うちらのグループの藤堂早紀とうどうさきはとても真っ直ぐな良い子だ。ただ、一点だけ、初恋だという、今真っ只中の恋愛と嫉妬が絡まなければという言葉を友人としても付け加えなければならないが。

 そしてその相手というのが――――くだんの佐藤くんである。


 そもそも元カレにお熱な友人に対して、そこに近づく女の子に対する愚痴や、彼のカッコよさを語られる気持ちとは果たしてどんなものだろうか。

 今度からもう少しフォローしよう、と心に決めつつ、千夏はしみじみと呟いた。


「それにしても、ゆっことあの佐藤くんがかぁ」


「……あくまで元、だからね! その、なんていうか、中学生で異性に興味が出てきた時に、一番お互い近くにいた相手同士だったというか……幼稚園から小学校まで一緒に遊んでて、その後やってきた思春期に一番手頃だったというか、中学生卒業と同時に別れて、幼馴染に戻ったから!」


「戻るとか、あるの?」


「信じられないことに、あるのよ。しかもお互いの両親にも付き合いから別れまで知られた上で……嫌いになって別れたとかじゃないからっていうのもあるんだけどね」


 千夏の疑問に、優子は言い切った。

 それはまた、何というか。千夏には何も言えなかった。


「それより千夏ちゃんの方よ……なんていうか、千夏ちゃんはそういう風に人と深く関わるの避けてるのかと思ってたから」


「……やっぱりバレてた?」


「まぁね、多分何人かは気づいてるんじゃないかな? でも千夏ちゃんは誰かの悪口とかも言わないから悪い印象にはなってないと思う。それに出身中学的にも、何ていうか何かあったのかな?っていうのはわかる人にはわかるからさ、距離感の取り方も上手いし…………それに私――私達の事を嫌いってわけでもないのかなって思ってた」


「……うん、ごめん。ありがとう」


「だからさ、こう言っちゃなんだけど誰かと付き合うということ自体意外でさ、でも同時に安心もしたというかさ……えっと、付き合ってるんだよね?」


 あの声でハジメに話しかけてて、変装までしてデートしててまさか付き合ってないことはないよね?と言外に言われ、千夏は照れたように頷く。こんな時だが、同年代に対して改めて彼氏として認めるのは初めてで、顔が熱くなってしまう。

 それを見て、優子は少しあてられたように顔を手で仰いで言った。


「あの千夏ちゃんが……メスの顔に……!」


「ちょ、ちょっと変なこと言わないでよ!?」


「……えっと、はい、これ手鏡」


「…………う、やめてよもう……え、そんなに?」


「うん、。むしろよく学校で隠せてるね」


「制服着て学校の中に入ると、ちょっと装備強化されるというか」


 そう言って情けなさそうな顔で優子を見る千夏。

 そして――――。


「ふふ」「あははは」


 二人で顔を見合わせるように笑う。


「とりあえず、お互いに今日は他言無用って事で良いかな?」


「異議なし。その上でさ、せっかくだから今度改めて、馴れ初めとか聞きたいんだけど…………というかさ、クラスで目立たない系男子と、学年で人気者女子の隠れた関係とか。……うん、全力で推せる!」


「お、推せる? それに馴れ初めって、うちと、ハジメの? あ、じゃあそっちの話も聞きたいかも。幼馴染とか、ちょっと憧れるし」


「…………むう、確かにギブアンドテイクは必要か」


「じゃあ、また今度、改めて」


「うん、ちょうどあっちも来たみたいだしね」


 話がついたところで、意外と和やかそうに会話をしながら歩いてくるハジメと佐藤くんが見えた。


「やば、そう言えば、ゆっこと話したいっていうので頭がいっぱいで、佐藤くんとハジメの組み合わせで置いてきちゃってた……けどなんか仲良さそう?」


「あー、何ていうかさ、いっくんって、コミュ力お化けなんだよね、まぁ佐藤くん相手だとそれだけじゃないかもだけど」


「え?どういうこと? それに、いっくん?」


「とりあえず、いっくん、は私の幼馴染の方の佐藤のこと……昔はって呼んでたんだけどね、何か小学校の時私がそう呼んでたら、アニメの主人公と同じ呼び名だーとかで、その当時はまだ、勉強も運動もできなかった上にチビだったいっくんが同じクラスの男子達にいじめられててさ。そこから色々あってに落ち着いたの。数字のいちだから、いっくん。まぁ、今はあんな感じの完璧超人になりましたけど………………ほんと、こっちが息苦しいくらいに」


「……ゆっこ?」


「ふふ、何でもない。じゃ、とりあえずここでね、話はまた今度! 千夏ちゃんは佐藤くんと隠れいちゃいちゃデートお楽しみください、なんてね。…………さ、いっくん、話はついたよ、とりあえずお父さんやお母さん達とも合流しようか、ご飯食べる時間だし」


 一瞬少し悲しげな表情を浮かべる優子に、学校でないこともあってか、少し踏み入ってしまいそうになった千夏だったが、それに首を振って、優子は佐藤くんの元に駆け寄って行った。

 それに応える佐藤くんと優子の距離感は、見た目にはとても近いもので、でも、その表情の裏には見えない距離があるように見えて。


「幼馴染で、元カレ、そしてまた幼馴染か」


 どういう気持ちで今日も一緒なんだろう、そう小声で呟いた千夏の言葉は、宙に舞って、消えた。



 ◇◆



「とりあえず話はついたよ、お互い他言無用、そっちもそんな感じでよろしく」


「そっか、わかった……ありがとう」


 千夏の言葉に、ハジメもどこか納得するかのように頷いて、そしてお礼を言った。


「ううん、うちらの為だけというよりは、あっちはあっちで何だか複雑な関係みたいだから。後、女子グループの中の問題もあってね……」


 それに、先程の優子の表情を思い出して、千夏が言葉を漏らすと、ハジメもまた、少し難しい顔をして言った。


「佐藤くん、か」


「どうしたの? そう言えば意外と話盛り上がってそうだった? あんまり絡んでる印象無かったんだけどさ」


 千夏の勘違いでなければ、ハジメと佐藤くんは、何だか穏やか、というか和やかな感じで笑顔で会話していた。

 正直、一番とか二番とか、比較されてるせいかあまり絡むことが無さそうと思っていたが、絡みがあったんだろうか。

 ハジメは接客もそうだし、過去のことでも大人相手に慣れているから、友好的に見えるし物凄く優しいのは確かなんだけど、初対面に対してはそんなにすぐ心を開いてくれないのは、千夏が一番知っていた。


「なんかさ、偏見って怖いなって思って」


「偏見?」


「うん、勝手になんていうか、学年の目立つ子達って思っちゃって敬遠してたけど。千夏もそうだったけど、佐藤くんもさ、なんて言うかめちゃくちゃ良いやつだったんだよね。……だから今日、ちょっとだけ反省した、本人と話してみないとわからないもんだね……あとは」


「あとは?」


「何だか足とか肩とか見られて、怪我してないのか、聞かれた」


 その言葉にキョトンとして、千夏は聞き返す。


「え? 何で?」


「さあ? 何でって聞こうとしたところで、櫻井さんがきて、そのままバイバイになったから。あれかな? バスケ辞めた理由が怪我か逃げたかってやつかな? でもなんかそういう噂を確かめる感じでもなかったような」


「ふーん……なんていうかさ、そしたらまたいつか、学校とかでも普通に話せるタイミングあると良いね」


 ちょっと気にするようにハジメが言うが、何にしても友好的だったのならよかった。優子の幼馴染で元カレという新たな情報は加わったものの、元から複雑な関係には違いなかった。


「あぁ、そうだね。まぁ、今後も僕と佐藤くんが同じクラスになることだけは絶対ないだろうけど、その、名前的に」


「あはは、確かに、出席番号とか、出欠とか困りそう!」


「成績を貼り出されたりする時も、僕らのせいでクラスも併記になったらしいしね、前までは名前だけだったらしいから」


「へぇ、そうなんだ?」


 そんな雑談をしながら、千夏とハジメは当初の予定通り、初デートに戻る。ちょっとしたアクシデントはあったものの、楽しい一日を過ごせたのだった。


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