10話
「え……えっと、人違いでは? 初めまして?」
数秒の無言の後、千夏が明らかに頑張って声を変えていますという声色で言った。
「「「無理があるだろ(でしょ)」」」
僕と
何でハジメまで、というような目で千夏に見られるが、こればかりは僕は悪くないと思う。
「…………うぅ、ハジメには匂いでバレるし、ゆっこには声でバレるし、うち結構頑張ってるのに、皆考えてないところで見破ってくる」
「うわぁ……本当に千夏ちゃんなんだ。女は化けるっていうけど、同性ながら怖い。それにしても……ふーん」
千夏を見て、驚きを隠せないでいる櫻井さんだが、僕の方にも目線を向けて、そしてもう一度千夏の方を見て、面白そうというよりは、どこか安心したような表情で何かを納得したような声を出す。
「こんにちは、櫻井さん、そして、佐藤くん、も」
まだ観念しきれていない千夏だが、もうこれは無理だろうと、僕は改めて二人に挨拶をした。
正直、僕らも僕らだが、この二人の組み合わせも謎だった。
ちょっとばかり、今も完全に普通のパーカーを着てる格好というだけなのに、その、胸元が強調されていることなどから一部男子には人気があるが、千夏や、同じグループの藤堂早紀さんに比べると目立たない。
それが、バスケ部の佐藤一くんと一緒にいるのはどういう状況なのだろうか。
僕が知らないだけかも知れないが、少なくとも佐藤くんに彼女が居るという騒ぎにはなっていなかった筈だが。でも先程のやり取りは、少なくとも友人のそれではなかった。
改めて、佐藤くんを見る。
僕からだと見上げる形になる高身長に、何頭身ですかと言いたくなる小さな顔。その中に整ったパーツが整然と並んでいる。ただそこにいるだけで、周りのインテリアと相まって雑誌の表紙を飾れそうである。
千夏とも、時々お似合いだと噂されているのを、つい頷いてしまいそうになる。当の千夏が、僕がこんなことだと怒りそうだけれど。
「ゆっこ、ちょっとごめん、話せる?」
「ええ、私も正直、同じことを話したいと思ってたから」
「じゃあどうしようか」
「流石にここじゃね。もう少し進んだところで、飲み物を飲めるスペースがあるから、そこで話そう。…………佐藤、ってそうかそっちもそうだった。あぁ、もういいや! いっくんごめん! お父さん達に連絡しておいてくれない?」
千夏と櫻井さんがあっという間に打ち合わせを始めて、その中で佐藤一くんの方を見て『佐藤』と呼びつつ、僕をも見て諦めたように『いっくん』と呼ぶ。
そちらがいつも通りの言い方なのだろう。それに頷いて佐藤くんがスマホを取り出して操作する。その間に、千夏と櫻井さんは中々のスピードで人の波をすり抜けつつ、ドリンクコーナーに向かっていった。
(…………え? これどうしようか)
どういう因果が発動したのか、電話をかけている佐藤一くんと、手持ち無沙汰にソファコーナーに佇む僕がいて、それは佐藤くんが電話を終えて、同じように少し困った笑顔で僕を見るまで続いた。
何か同じ困った笑顔でも、僕のそれと違って色気がある気がする。
「とりあえず、俺らも後追って行こうか?」
「そうだね……あっちのドリンクコーナーか」
二人で並んで、という程には近くない距離で、でも同じ方向には歩くように遠くもなく、微妙な距離感で僕らは歩いた。
何か会話した方がいいのかもしれなかったが、何となく僕ら二人は無言だった。多分佐藤くんも同じ気持ちなのではないだろうか。
僕は実はこの同姓同名の佐藤くんときちんと会話したことはない。
目にしたことは沢山ある。勉強では順位が張り出される上位の中でもほぼトップの位置にいるし、体育の時間は容姿以上に何をしても上手いので目立つ。
とは言え、『二番』と
だから、本人が僕をどう思っているかは知らなかったし、人となりも良くは知らないのだ。
「佐藤、はさ」
だからそんな風に、ドリンクコーナーが見えてきた頃に、普通に佐藤くんが呼びかけてきたのに反応が遅れてしまう。
「…………え?」
「あぁいや、何ていうかさ、他にも佐藤はいてそういう時は名前で呼ぶんだけど、名前も同じだとハジメって言うのもなんか違う気がしてさ。はは、あー、面倒だよね」
そう言って頭をかきながら佐藤くんはくしゃりと笑った。
「そもそも、ハジメ、じゃなくて佐藤って名字が多いのがいけないんだよね」
「はは、間違いない」
何となく気が抜けた僕もまた、言葉を返すのにそう笑って、佐藤くんは続ける。
「で、南野さんと、付き合ってんの?」
直球だった。
「…………そうだけど?」
ちょっとだけ、反応が怖くて、肯定するまでに間が空いた。疑問形になったのは、文句があるのかという心が僅かに漏れてしまったのかもしれない。
自分でも思うくらいだから、きっと意外とか、釣り合わないとか、似合わないとか、そういう言葉が――――。
「そっかー、良かったぁ! ……あ、俺口固いから、隠してるなら言いふらしたりとか絶対しないから!」
「……え?」
ちょっと間の抜けた声を出してしまう。
この佐藤くんが、僕と千夏が付き合っていて、
「……気を悪くしないで聞いてほしいんだけどさ、何ていうか、俺のせいで変な呼ばれ方、してんじゃん?」
僕が不思議そうにしているのが表情でも声でも伝わったのだろう、佐藤くんが改めて頭をかきながらそう言ってくる。
「あぁ、二番とかそういうの? まぁ、正直同じ学年に同じ名前ってのも目立つしさ、しょうがないかなって思ってるよ、もっと悪い呼び名で呼ばれたこともあるし、それに比べれば」
「え? それはそれで気になるけど。その、佐藤ってさ、そういうのも怒ったりもしないし、放課後とかもすぐ学校も帰るじゃん? だから何ていうか、俺が、って言うとどういう言い方しても上からというか、変な言い方にしかならなくて嫌なんだけどさ……俺が居たせいで学校がつまらなくなったとかだったらマジで悪いと思ってしまうというか。でもさ、我ながら何様って感じだし、俺が急に話しかけたらそれはそれで悪目立ちするじゃん。………………え? 何? 俺やっぱ失礼だった? ごめん!」
「いや、そうじゃなくて…………」
意外だった。
何となく名前以外に関わりもなかった佐藤くんがそういう風に思っていたなんて。
そして――――。
「佐藤くんって、実はめっちゃ良いやつ?」
「はは、何だよその感想。まぁ、悪いやつではないつもりなんだけど」
そう言って笑う佐藤くんは、少なくとも裏もなさそうで、端的にいうとめちゃくちゃ好青年だった。
学業優秀、運動神経抜群、容姿端麗、に加えて本当に性格すらいいのか。いや、逆に言うとここまで揃うと、そもそも性格が悪くなる要素がない気がしてくる。
金崎のせいで人を見る目が腐っていたかもしれない、と少し反省した。
「だからさ、何ていうか、彼女とこうして、学校の外でデートしてるなら、青春してるし勝手に心配してる俺が馬鹿だったんだなって思ってさ、何か、良かったって思ったんだよ」
そして、何というかこれが本当のイケメンの爽やかスマイルだと言わんばかりに、笑顔を向けてくる。
千夏とはまた違って、何か出てる気がする。オーラ的なものが。
「…………眩しい、目がくらむ」
「あ、それ時々他のやつにも言われんだけど、何なの?」
「はは、やっぱり? そして佐藤くんだけは気にしなくて大丈夫、受け側の問題だから…………ちなみにそういう意味だと、そっちは? 櫻井さんと付き合ってるの?」
せっかくならと、僕もそう質問してみた。
千夏は千夏で話をしているのだろうが、僕もちょっと気になる。というか、思った以上に佐藤くんが良いやつ過ぎて、興味が出てきていた。
「あー、いや、そういうわけじゃなくてさ」
そうすると、そこで初めて、佐藤くんがなにやら言いづらそうにする。
「何か聞いたらまずいことだった? まぁ、そっちとの交換条件じゃないけど、僕も口は固いよ? というか千夏以外に話す相手もそんないないし」
「優子とはその……幼馴染というか……」
僕は嘘が得意な方ではない。
千夏にもすぐに感づかれる。
そしてどうやら、目の前の佐藤くんもまた、あまり得意ではないようだった。
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