13話


 南野千夏は目の前の2on2と呼ばれるバスケの試合から、いや、佐藤一から目を離せないでいた。


「バスケをやっている時のハジメ君は中々のものよ」


 そう言われていたが、あまり運動が得意だと言うイメージが無かったため、リップサービスみたいなものかと思いつつ、それでいてちょっと期待はしていた部分もあったのは事実だ。

 目立たないながらに、実はバスケは得意というのもポイントは高いかもね、と思ったりしていた。


 それがどうだ。


 ダム!!!


 そんな音を響かせながら、あまり大きくない身体がコートを駆け巡っている。

 相手は、笑いながら女連れで良いところを見せるなど許さん、と言っていた、社会人らしき二人組だった。

 どちらも体格は大きく、180センチ以上はあるだろう。


 細身で、身長もそこまで高くない佐藤と比べると、本当に大人と子供の戦いのように見えた。


「真司!」


「オーライ、だ」


 そんな相手に、佐藤は幾度もドリブルで抜き去って、ある時は自分で決め、ある時は相澤にパスを供給して決めさせている。

 その相澤もまた、ダンクを華麗に決めたりするものだから、客席となっているベンチからは黄色い声援も飛び交っていた。


「凄いですね、二人共」


「そうね、ハジメ君は中学3年間やってて基礎は充分だし、ドリブルもパスもセンスあるのよね。それにストリートのゴールは派手になるように少し低めに設定されているとは言え、あれだけ魅せられるのは真司くんも流石といったところかしら。まぁ、彼の場合は女の子がいないと全然本気を出さないのだけど」


 そんな会話をしている間にもコートでは、また相澤がゴールを決めたところだった。


「はっはー、おっさん共はスタミナが足りないんじゃないか?」


「何を、これから円熟味を増したおっさんの意地を見せてやらぁ!! ってかお前ら二人共高校生の癖して女連れでバスケとか羨ましすぎるんじゃボケェ!!」


「真司、あまり煽らない」


「先輩、本音ダダ漏れすぎっす、あんまり頑張りすぎて腰痛めたりしたらまた奥さんに怒られますよ?」


 そんな会話をしながらプレイしているのが、近いからこそこちらにも聞こえる。それに対して同じく見ている観客席からもヤジが飛んで、そんな輪の中で佐藤が笑っていた。

 何というか、学校では淡々としている佐藤が嘘で、こっちの佐藤が本物な気がした。


「ふふ、ものの見事に見惚れちゃってるねぇ」


「…………何かちょっと悔しいです」


 美咲さんが、ちょっとからかう口調で、でも優しい雰囲気で言うのに、千夏はそう呟いていた。

 そういえば、ここでは全く仮面を被っていないことに、今更ながらに気がつく。

 我儘を言って連れてきてもらって、入り口から圧倒されて、手を引かれて紹介されて、そんなうちに何も考えない素の状態で千夏はここにいた。


「学校でのハジメ君はどんな感じなの?」


「正直、目立たない男子って感じです。相澤は目立ってますけど、あの二人、学校じゃ全く絡んでないんで。佐藤も、全然あんな風じゃないし、体育の時間とかも、多分サボってるんですね。あれ学校で見せたら、絶対陰口とか言われたりもしないのに…………」


「へぇ、気になるのね、彼のこと……否定してたけど、これはラブな気配かしら」


「…………もう、違いますよ! でも、何か悔しくて。ここにいる人は全然そんな雰囲気じゃないんですけど……うちは学校では結構目立つ方で、佐藤は全然目立たない感じで」


「あぁ、なんか想像つくわね」


「でも、本当のあいつはあんなに凄いのに、一人でちゃんと家のこともして、バイトも頑張ってて、実はそっけないようでめちゃくちゃ優しくて、ご飯も美味しくて、ここでもこんなに認められてて」


「うんうん」


「うちなんて、ちょっと勉強やスポーツができるとか、可愛いとか言われてちやほやされても実際何もできなくて。本当は佐藤の方がすごいのに……佐藤を馬鹿にするような人もいて。なのに佐藤は全然反論とかしないから。仲良くなってからずっと、うちばっか助けられてるのに、何もできなくて」


「あぁ、スクールカーストってやつねー。面倒だよねー、そーいうの」


 何だか話しているうちにぐるぐるしてきた千夏の言葉に、隣からも声が割り込んできた。

 相澤にしなだれかかっていた、ギャル系のお姉さんだ。


「私もさ、高校のそういうのに馴染めなくてさ、ドロップアウトしちゃったんだよね。で、外に出てみたら開放感?っていうの? 別に勉強ができなくても生きていけないわけじゃないし」


「カナちゃんはね、そんなこと言いつつ、ちゃんとその後働きながら大検取って大学に入ったのよね、凄いのよ」


 カナというらしいそのギャルさんに、美咲さんがそう褒める。

 正直意外だった、こんなに美人で自由そうなのに高校をドロップアウトしたというのも、こんな外見で大検を取って大学に入ったというのも。


「お、意外そうな顔してるね、えっと、千夏ちゃん、だっけ」


「あ、すみません! そんなつもりじゃ……」


「えへへ、良いって良いって、意外そうに見られるのは慣れてるしねー」


 あはは、と笑う彼女は、どうしようもなく自由そうで、とても魅力的だった。

 そしてカナさんは続けた。


「で、何だっけ? ハジメっちが学校で馬鹿にされるようなことがあったんだっけ?」


「はい、まぁうち、学校では佐藤ともあまり話すわけじゃないんで、関係バレはしてないんですけど、ちょっとしたことで関わった時に、その、モヤモヤすることがあって」


「…………ふーん、それはそれで君たちの関係が気になるところだけど。 んー、まぁいいんじゃない? 言わせとけば」


「…………え?」


「だってさ、私はここでしか知らないけどさ、ハジメっち普通にいい子だし真司ほどじゃないにしても格好いいじゃん。別に高校でどうあれそれが事実で。ハジメっちはちゃんとここで彼女にいいとこ見せれてて、千夏ちゃんはこうしてハジメっちに惚れ直している訳でしょ? それを知らないその他大勢が何言ったってさ、別に二人の関係にも人生にも毛ほども影響はないよ」


 千夏は、この場所に来て何度目かもわからない、ぽかんとした顔でカナさんのドヤ顔を見ていた。

 惚れ直してない、そもそもその前に惚れてない、と言いたいところだったが、何だかカナさんのその言葉にも態度にも毒気を抜かれてしまっていた。


「まぁ、カナちゃんのは極論っぽいところはあるし、高校生にとっては高校の中の関係性がどうでも良いとはとても言えないとは思うのだけど、でもそうね、誰かが知ってくれている、それだけでも大丈夫なことというのもあるのは、確かに事実だわね」


 静かに聞いてくれていた美咲さんが優しく微笑んで、そしてこちらの顔を見て言った。


「千夏ちゃんは、ハジメくんの事情は、どのくらい知ってる?」


「……うちら、本当に仲良くなったのは最近で、一人暮らしして、バイトしていることくらいしか。 バスケのことも、中学の頃を知っていた奴がクラスに居て噂を聞いて、今日バスケやってたのか尋ねたら、ここに連れてきてくれたんですけど」


 正確には、問い詰めたような形の上に、わがままを言って連れてきた貰ったのだが、嘘は言っていない。


「そう。じゃあ、私から事情を伝えるべきことではないと思うから、話してくれるかは、千夏ちゃんの頑張り次第だと思うけれど、一つだけ…………ハジメくんを、よろしくね」


「……はい、うちにできることならば」


 何を知ったわけでもない。

 何を解決したわけでもない。


 ただ、この優しそうな美人のお姉さんと、ギャルっぽいお姉さんに話を聞いてもらって、千夏は何となくやることが明確になった気がした。


(知りたいんだ、うち)


 この感情が恋愛なのかも分からない。

 父母のような、そんな壊れやすい関係になりたいとも思わない。

 でも、もっと佐藤の方が知りたいと、そう思った。



「くそー! 負けたー! …………もう動けねぇ」


 見れば、決着が着いたようで、社会人二人組は座り込んで、高校生二人はハイタッチをしている。


 中学の時も、高校に入ってからも。

 家族と学校というコミュニティしか知らなかった自分にとっては、この場所は新鮮だった。


(ハイタッチをしている佐藤と相澤とか、学校で見たら一日話題だね)


 そんな事を思いながら、戻ってくる佐藤のために飲み物とタオルを用意してあげようとして、ちょっとこれは、彼女ムーブかも、という想いが頭によぎって、首を振って思考を振り払って立ち上がる。


 その頬が少し赤らんでいたのに気づいたのは、穏やかに千夏を見ていた美咲だけだった。 


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