12話


 どこかワクワクしたような雰囲気の南野を連れて、僕はこの一年通い慣れた場所に来ていた。

 ダーツバーとも併設されたここは、二面のコートがある上にちょっとした食事をすることもできる場所で、この街のバスケ好きが集まっている場所だった。


 扉を開けて入ると、何人かの顔見知りが僕らに気づいて声をかけてくる。

 この近くの会社で働いていて、住まいも近いという20代30代のおじ――――お兄さん達だ。

 彼らは最初は横目で僕を見て、そして怪訝そうに隣にいる南野を見て、そしてギギギ、と音がなりそうな速度で僕の方をしっかり振り向いた。


「ハジメ…………ハジメが女の子を連れてきた、だと」


「え? ってかめっちゃ可愛くない? 高校生? やばい生女子高生だ」


 僕が女の子を、それも飛び切りの美人を連れてきたという情報は、奥のコートにいた面々まであっという間に広がったようだった。土曜日の今日は特に、社会人のおっさんから大学生まで、色々な人間がここには集まる。

 ストリートと言っても様々だが、この場所は纏めている人の手腕もあるのか、気のいい人が多かった。


 何より、高校の中とは違って、変なカーストとかは関係なく、そこにあるのはバスケの腕がどうかとバスケが好きかどうかというランク付けと、単純に『いいヤツ』かどうかが重要視されるこの場所は、下品であけすけで粗野な人は多いものの、僕に取っては居心地のいい場所だった。


 今もまた、次から次に絡んで来るのは、初めて来た南野が変に馴染めないようにならないようにというここなりの歓迎なのだと思う。


「え、びっくりなんですけど、ほんとに彼女? モデルさん雇ったとかじゃなくて?」

「ハジメが女の子連れてくるとは思わなかったな。こんばんは彼女、どう? お近づきの印にこのメッセージアプリのQRコードとか読み込んでみない?」

「あ、俺も俺も」

「よし、決めた、今日はお前にはいいところ一つも与えてやらねー! くそー見せつけやがって」


 多分、おそらく、ただ可愛いから群がってるだけではないと思いたい。

 南野がちょっと顔が引きつっているのを、手首をつかんで引き寄せる。


「はいそこ、勝手に人の連れをナンパしない、ってかあんた彼女いるでしょうが、言いつけますよ! そもそも高校生に群がるんじゃないって、通報するぞ?」


 とりあえず散った散ったと、まだニヤニヤして騒いでいる大人共をスルーして、奥の扉からコート脇のベンチの方へと歩いて行く。


「悪い南野、とりあえずこっち、比較的安全なとこに紹介するから」


「う、うん」


 ドサクサに紛れて手首を握ってしまったが、今の状態は許してもらおう。

 そう思って、南野と連れ立って歩いていった先には、目的の一組の男女がいた。


 一人はキレイに剃ったスキンヘッドに強面の顔のパーツ、何というか大男としか言いようがない、長身に筋肉の塊。正直何を仕事としているのかは知らない。怖くて聞けていないのもある。

 でもそんな彼が、実は心優しく、そしてその体格に見合わぬ俊敏な人であることは知っている。


 一人は、細身の綺麗な女性。対比が余りにも大きいので気づきにくいが、実は身長は女性にしてはかなり高い方だ。美女と野獣コンビ、と自他ともに言われている二人は、この店のオーナーであり、そしてこのストリートバスケのサークルのまとめ役でもあった。

 そして女性の方は、僕のバイト先の先輩の姉でもあり、春に燻っていた僕をこの場所に引き入れてくれた人でもあった。


「こんばんは、雄二ゆうじさん、美咲みさきさん。今日は友だちを連れてきちゃいました、あっちだと騒がしくなりそうなんで、ここに居させてあげてもらっていいですか?」


 僕は、二人に挨拶をして、南野を紹介した。

 紹介された南野も、慌てて頭を下げて挨拶する。


「あ、南野千夏です! 佐藤、えっと、ハジメ君はクラスメートで、色々お世話になってます。今日はバスケが見たいって我儘言って連れてきてもらいました! よろしくお願いします!」


「こんばんは、ハジメ君。そしていらっしゃい、千夏ちゃん。ふふ、入り口で絡まれてたでしょう、ここまで聞こえてたわ。勿論良いわよ、一緒に彼氏の勇姿でも見ましょうか。ハジメくん、バスケやってる時は中々のものよ?」


「ようハジメ。そしてそちらのお嬢さんも初めまして、だ。…………いや、ほんとに美人だな、ハジメも隅に置けないもんだ。でも良かった、ちゃんと、高校でも青春できてんだな。俺はちょっとこれから出なきゃならないんだが、楽しんでいってくれ」


 二人がニヤッと笑って南野を歓迎してくれる。

 いや、友達だと紹介しただろうに。高校生の恋愛事情が好物すぎるだろうここの人たち。


「あ、えっと、うちとハジメ君はそういう関係ではないといいますか…………」


「大丈夫大丈夫! そのへんも含めてお姉さんと話しましょうか、いやー、やっぱり若い子はいいわねぇ」


 美咲さんが千夏をベンチの自分の隣に迎え入れて、早速会話を始めている。

 コミュニケーション能力お化けの美咲さんに、コミュニケーション能力抜群の南野だから、そこはあまり心配していなかったが別の心配が出てきた。

 まぁ、美咲さんが一緒に居てくれるなら、変なちょっかいもかからないのは間違いないだろうが。


 そして、南野の挨拶に目を細め、そして僕の方を優しげに見る強面の雄二さんの表情は、何というかくすぐったいようで、あはは、と僕は笑うしかなかった。

 高校では特に青春してないけど、偶々学年一の美少女とは仲良くなりました、とは言えない。




「これはまた、珍しい組み合わせだな。ハジメに、そっちにいるのはまさかの南野かよ」


 そうこうしているうちに、後ろから声をかけられる。

 そうか、今日は来てたか。南野が着いてくるとなってから、正直五分五分だと思っていたが、僕は賭けには負けたようだった。


「え? 相澤くん?」


 美咲さんと話していた南野が、こちらを向いて目を見開いて名前を言った。それもそのはず、声をかけてきた男子生徒、相澤真司あいざわしんじは同じ高校の別のクラスの男子。南野や、僕と同姓同名の佐藤くんとはまた別の、有名人だった。


 それなりの進学校でもあるうちの高校の中では異色の、グレーに染めた短髪に耳にはピアス、はだけた首元にはネックレスと、中々パンクな格好をしている。

 それでいて、成績は上位をキープ、家は地元の名士で、高校への寄付金も弾んでいることから教師陣も口を出せないという学業家柄優等生問題児めんどうなせいとだった。


「お、ハジメっちもいるじゃん。真司ー、カッコいいとこ見せてくれるんだよね? 期待してるよ!」


 そう言ってこちらにもヒラヒラと手を振りながら、真司にしなだれかかっている女性はカナさん。苗字は知らない。

 そして、最近付き合ったらしい彼女の肩を叩いて、任せとけ、といってこちらに歩いてくる様は、細身の肉食獣を喚起する。

 こいつはモテる。女癖は良いとはいえないためよく連れている女の人は変わる。

 本人曰く、来る者拒まず、去る者追わず、らしいので南野に声をかけることは無いだろうが。


「ふうん、知られたらスクープになりそうだな」


 近づいて僕らを一瞥し、ニヤリと笑ってこぼした言葉に、南野が反応する。


「ちょ、相澤くん!?」


 それにますます目を細めて、こちらをからかうように、そして疑問を載せて視線を送ってくるのに対して、


、訳ありなんだ、からかわないでくれ」


 僕は、ため息を付きながら答えた。

 相澤真司、問題児にして、学校内で絡むことはほぼ無いが、実は僕のストリートバスケ仲間でもある。


 格好はいかついが決して不良ではなく、別のヒップホップグループにも属している関係からのファッションにすぎないのも、僕は知っていた。

 そして、僕の事情もある程度知っている。この場所とバイト先も含めて、学校での評価をますます気にしなくなった一因でもあった。


「えっと?」


「スクープ云々は冗談だ、それに俺は口は固いほうだ、安心してくれて良い。――――それにしても、上っ面ばかりのアイドルかと思ってたが、ハジメを選ぶとは中々男を見る目はあるじゃねぇか、南野。……よし、ハジメ、今日は俺と組もうぜ、いいとこ見せてやれよ。とは言ってもおっさん共がハジメが彼女連れてきやがったってんで、活躍させないように燃えているらしいけどよ」


「ったく、ここぞとばかりに張り切っておじさん達は……てかそう言いつつ、美味しいとこはよこせっていうんでしょ」


「ははっ、そりゃポジション的に仕方ねぇわなぁ。タッパ伸ばしてから文句言えや」


「くそ、何食ったらそんな伸びるんだっての」


 普段、全くといっていいほど高校では会話をしていない僕らの掛け合いに、南野がポカンとしているのがちょっと面白かった。

 まぁ、これだけでも連れてきて良かったかな、と思ったのは内緒だった。


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