赤い頬にキスをして
きらり
真っ赤な恋心
例えば世界が終わる時。私は誰と一緒にいるのだろう。
大切な人と一緒にいられるのかな?
人は生きてれば、いくつかの別れを経験すると思う。私だって、たくさんあった。だけど。この人とは絶対に別れたくないなって思う。そんな大切な人だって必ずいる。
だから私は、そんな大切な人を離すのが嫌で行動に移したのだ。何もしないまま別れるのは嫌だから。
「おはよう。柚木」
卒業式の朝、学校に来るのもこれで最後か、なんて。しみじみと感慨深い思いを感じていた柚木のもとに、彼女はやってきた。
隣のクラスに在籍する彼女の名前は、佳奈美。柚木とは高校一年生からの親友だ。
「あっ佳奈美」
窓側の自分の席に座って、話をすることに。
「今日で私達も卒業ね」
浮ついた雰囲気を見せる教室を見ながら彼女は言う。
「うん。そうだね」
悲しいような、嬉しいような。そんな少し曖昧な感情を抱きながら柚木は答える。学校生活は大変なところもあったけれど、教室の喧騒を聞いていると思うのだ。
「これだけ大人数の同級生が集まって生活する機会なんてもうないんだね」
高校を卒業したら、今ここにいる人全員と会うことはないなんて話を聞いたことがある。それは確かにそうかもしれないなんて、今頃になって気づいた。
「寂しいの?」
佳奈美がそう聞いてくる。
「うーん。どうだろ?私は佳奈美がいればいいかな」
「もう。またそうやって照れることをすぐ言うよね、柚木は」
ほんのりと頬を赤く染めて、佳奈美は言う。その赤く熱った顔は可愛くて、なんだかこっちまで照れてしまう。
「でもさ、本当。佳奈美がいてくれて、私は助かってるよ」
「柚木………」
柚木にとって、佳奈美は一番の親友で、二人で遊んだ時間はかけがえのない宝物だ。クラスも違うのにいつも隣にいてくれる彼女の存在は、とてもありがたかった。そして以上に………
『ねえ、あなた。いつも一人でいるよね?よかったら私と遊ばない?』
三年前。そう言って話しかけてくれた時の彼女の笑顔は、ずっと記憶に残っている。
「おーいそこの二人。そろそろ移動するぞ〜」
「すみません。すぐに戻ります。じゃあまたね、柚木」
担任教師のそんな声が聞こえてきて、佳奈美は慌てたように駆け出した。
開いた窓越しにいた彼女の体が少しずつ、遠ざかっていく。
トンットンッと軽快なリズムで走る彼女の音がやけに大きく響いて、つい手を伸ばしたくなる。その音を掴みたくなってしまう。
廊下を吹き抜ける風が彼女の長い髪を揺らしていた。
佳奈美はまたねと言ったけれど、学校が終わったらこうして毎日会うことはなくなる。そしたら私達も他の人と同じように会う機会は減ってしまう。お互い進路も、これから進む道も別々なのだから。
どうしよう、私。佳奈美と離れたくない。
「待って、佳奈美」
気づけば、そう口にしていた。
「どうしたの?」
足音が止まって、彼女の体がこちらを向いた。ただそれだけで嬉しさを感じてしまう。
やっぱりダメだ私。
制御が効かなくなった私の心は爆発寸前だった。
「あのさ、佳奈美。今日卒業式が終わったら屋上にきてくれないかな」
今、私はどんな顔をしてるのだろう。
自分でもわからないぐらいに、顔が熱かった。
これじゃまるで………
「いいよ。私もちょうど二人きりになりたかったから」
佳奈美がそう返事をしてくれたのに、柚木は恥ずかしくて目を向けられなかった。
柚木の頬は赤く、熱を帯びていた。
りんごのように赤くて、柔らかな肌を思いっきり晒している。
そんな、真っ赤に染まりつつあるその素肌に、細くしてなやかな手が触れた。
温かくて、優しい。そんな感触。
「真っ赤だね。柚木の頬」
目の前には佳奈美がいて、柔らかい表情を浮かべていた。
「うぅ…………」
「そんなに私と二人きりになりたかった?」
他には誰もいない、静かな屋上に佳奈美の声がよく響いた。
「だって、今日が終わったら次いつ会えるかわかんないじゃん!!」
柚木のテンションはすでに崩壊していた。佳奈美と離れたくない。それだけが頭をかけまわっている。
「ふふっ、柚木ったら。そんなこと心配してたの?」
「そんなことって……もしかしたら私達もう会えな!?」
そっと、口に手を添えられた。
もうそれ以上は話さないでと言っているかのように。
「あのね、柚木。一つだけ私に言わせて欲しいの」
真剣な眼差しでこちらを見据えて、彼女はそう告げた。
「私が柚木のそばを離れるわけないじゃない」
その言葉は、ストンっと柚木の胸に溶け込んで、すぐに心を満たした。
閉じられた唇の隙間から、安堵の声が漏れる。
「それって……」
「そうよ、私も柚木と考えてることは同じなの。私だって、離れたくないの」
真っ直ぐ見つめられた瞳。目にかかった長い髪を跳ね除けるような強い思い。
そんな、彼女の熱が伝わってきて。
目が離せなかった。
「ねぇ、佳奈美」
「何よ、柚木」
「私と、付き合ってよ」
それはなんだか、自然に口から飛び出したような。だけどずっと心に燻っていたものがようやく形になったような。そんな不思議な言葉だった。
屋上に柔らかな風が吹く。暫くして佳奈美は口を開いた。
「いいよ、付き合おう」
その答えは、柚木が一番聞きたかった言葉だった。
「私、柚木のことが好き」
佳奈美はまた、柚木の頬を触る。
「その、照れると真っ赤になる頬を見てると落ち着くの」
柚木はドクンっドクンっと心臓が高鳴るのを感じていた。触れられた頬から伝わるんじゃないかと思うぐらいに大きなその心音は、やっぱり友達に向けるものなんかじゃなくて。
「私も佳奈美のことが好き」
もう、一度吐き出した思いは止まらない。
「いつも、隣で笑っていてくれるとすごく嬉しくなって、私も幸せな気持ちになる」
柚木も手を伸ばす。触れた佳奈美の頬もどんどん真っ赤に染まっていく。
頬に添えた手を顎に動かして、顔を寄せた。
赤くなった夕陽が屋上を照らして、触れ合った二人の影を作る。
幸せそうに口付けをする二人の姿をくっきりと、消えないように。
やがてゆっくりと噛み締めるように離れた二人は、堪らなくなって再び互いを抱きしめた。
「私もう絶対に佳奈美を離さないからね」
「ふふっ私だって柚木を離さないよ」
上気した頬に晴れやかな笑顔を浮かべて、二人は誓い合った。
たとえ明日、世界が終わるとしても、その時はきっと佳奈美のそばにいる。
大切な人と離れるのは嫌だから。
「ねぇ、佳奈美。明日は何しようか」
「そうね。まずはやっぱり……」
「やっぱり?」
柚木の赤い頬に手が触れる。
「この真っ赤な頬を触ってたいなぁ〜」
「ちょっと佳奈美。それ以上触ったら伸びちゃうよぉ〜」
お別れの日は何も、全てが終わるわけじゃない。
大切な人との関係はこれからも。
「お返しだぁ〜」
柚木はそう言って、佳奈美の頬にキスをした。
「佳奈美だって真っ赤なんだから、人のことは言えないでしょ」
彼女らにとっての卒業式は、真っ赤な頬にキスをして、終わった。
赤い頬にキスをして きらり @Kiyopon86
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