第30話 そこに花があるから (山行)

「そこに山があるからだ」と言ったのは、イギリスの登山家、ジョージ・マロリーさん。


 僕が大学生の時に山に登ったのは「そこに花があるから」だった。


 花が好きな僕は大学に入ったら「山の花の写真を撮りたい」と思っていた。


 でも、一人で山に登るのは、正直いって怖かった。


 そんな時、同じ下宿の江藤君が「山行の会」に入っていることを知った。


 もしかして、これはチャンスかなと思った。


 体力もなくて、体育会系の雰囲気の山岳部などに入るのはちょっと無理だと思っていた。同好会の「山行の会」なら、僕でもなんとかなるのではと思ったのだ。



 最初登ったのは、北岳だった。というか、連れて行ってもらったのは。だけれども。


 今から考えると、最初に登る山じゃなかったと思う。むちゃくちゃきつい山行さんこうだった。


 考えてみれば当たり前だった。日本第二の高さをほこる山だったから。


 そして、それを、一気に登ったのだから。



 出発前に装備の点検をした。重さも測った。登山計画書をコピーして、内容を確認し、部長に提出した。


「こんなに重い荷物もてるのかな」


「やばいところに入っちゃったなあ」


「花の写真だけ撮れればいいんだけどな」

 

 キスリング(当時の登山用のザック)の20kgの重さに、僕は、登る前から戸惑っていた。


 いっしょに行ってくれた大学4年の先輩は、余裕だった。


「20kgなんて、余裕、余裕。助けてやるから大丈夫」


 そんな感じだった。大学4年と1年の体力差を考えてなかった自分がいた。



 広河原からようやく登山が始まった。

 

 背中に、20kgはあるものの、最初はついスピードを上げてしまうものだ。


「いいか、ゆっくり登れよ。歩幅はせまく。30分で大休止だぞ」


 ゆっくり登る理由も、コツも知らなかったから、先輩の言葉が大きかった。

 ただ、聞く余裕は、ほとんどなかったのだけれども。 


 登る途中の、一歩一歩は、正直とっても大変だったけど、なんとか夕方までに、僕らは山頂につけた。霧が深く、夕暮れが迫っていて、とにかく着けたことに安心した。


 ご飯もたべられないくらい疲れていたので、その夜は、まさに、死んだように眠った。そんな経験は初めてだった。


 トイレに起きた時は真っ暗だった。まさに漆黒の闇だ。いまだ経験したことのない暗闇は、のまれるようにまっくらで、心の底からこわかった。


 次の日、霧が晴れた。


 山肌に広がるお花畑。その風景は圧巻の一言だった。


 ミヤマキンバイ、シナノキンバイ、チングルマ辺りが生えていたと思う。


 あたり一面が、黄色と白の花でおおわれていた。


 ときおり、風が吹いて、霧がかかってくると、それはとても幻想的な風景だった。


 霧が流れるのを初めて見て、それが雲なのだと気がついて、また感動した僕だった。


【注意】固有名詞は山の名前以外、全て仮名です。

山行(さんこう)は、やまゆきではないです。登山と同じ意味なのですけれど、登るより歩く感じがするので、こちらにしました。シリーズの予定。


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