第31話 ぼっかいかない? (山行)  

 もうすぐ夏休みという大学2年生のある日、「山行さんこうの会」の友人、小林君がやってきた。一浪したので一歳年上だけど同級生だった。


 小林君は、のんびり屋だけど、優しくて、憎めない性格で、とってもいい友人だった。


 小林君は、ロッククライミングをするくらい、登山に関する知識も経験も豊富だった。登山にさそってもらっているうちに、僕も経験や体力が少しずつ身につき始めていた。


 優しくて憎めない小林君がいると、めちゃくちゃ疲れる登山活動も、楽しく続けられていた。


 当たり前の事なんだけど、過酷な山登りは、誰と登るかがすごく大事だったんだと思う。当時、いい仲間に巡り合えたと思う。


 そんな小林君が、大好きなトマトジュースを飲みながら、のんびり声でこう言った。(野菜不足だという彼は大ビンのトマトジュースが好物だった)


「あのさ、一緒に甲斐駒にぼっかに行かない? 一回一万円なんだけど。一人だときついんだ」


 ぼっかは、歩荷と書くのだが、そんな言葉は、僕は知らなかった。

 それで、ヤマケイの雑誌で、尾瀬の歩荷ぼっかの様子を見せてくれた。


 水芭蕉の咲く尾瀬の木道を、歩荷ぼっかしている写真だった。


 背負子(しょいこ)に背負っているのは、背丈以上もある荷物の山。高さは2mを超える様子だ。それを、背負って歩いて行くのだ。

 国立公園の尾瀬で、山小屋に荷物を運ぶには、歩荷ぼっかで運ぶしかないのだった。


 歩荷ぼっかを知って、ちょっと引いた僕だった。ただ、貧乏学生の自分には、すごく魅力的な話だった。一日で一万円稼げるアルバイトなんかほぼあり得ないのだから。


 甲斐駒は、以前、小林君と一緒に登った経験があったので、様子もよく知っていた。聞いてみると、荷物の重さも、尾瀬とは違って、一斗缶で一つか二つ、20キロ以下だということだった。普通なら、自分の体力で十分登れるだろうと思われた。


 だが、甲斐駒には、一つ問題があった。難所の鎖場だ。荷物を背負った状態で、鎖場を登らなければならない。それが心配だった。


 ぼくの心配をよそに、小林君は、いつものむじゃきな笑顔で、

「絶対大丈夫だよ」とか「一万円だよ。一万円。お得だよ」とか言ってくる。

 もう、憎めないんだよなあと思った。


 結局、小林君の誘いに乗り、一万円につられて、甲斐駒を歩荷ぼっかで登る事になった。



 韮崎のそばのお店で荷物を引き受けた。荷物は一斗缶に入っていた。それを、背負子にくくりつけて、それぞれのバイクで、甲斐駒の駐車場まで走った。


 とにかく軽くするために、一斗缶と水だけ背負って、甲斐駒を登り始めた。


 歩荷ぼっかは、予想外に順調だった。鎖場も楽に越えられた。背負子に縛り付けているので、バランスがとりやすいことと、やっぱり軽いのが良かったらしい。


 山小屋についたのは、思ったより早かった。小屋の管理人のおじさんが待ち構えてくれていた。


 歓待を受けた僕たちは、囲炉裏で煮ているみそ汁をふるまってもらった。煮詰まって濃くなり味が変わったみそ汁だったけれど、とても美味しかった。やはり、自分達が歩荷ぼっかしなければ、このみそ汁も出来ないと思いながら飲んだからかもしれない。そう思った。



 先日、テレビの日本百名山で甲斐駒ヶ岳をやっていた。

 久しぶりに見る甲斐駒は、やっぱり鎖場と、梯子があって、登りにくそうな岩山だと思った。


 そんな山で、貴重な歩荷ぼっかを経験出来たのは、とっても幸せな事なんだなと思った。


【注意】固有名詞は山以外は仮名です。


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