妹火山の再噴火

 よっぱらいだらけの草野球。

 千鳥足ちどりあしでの点数計算、酩酊めいていまみれの攻撃に多幸感漬たこうかんづけの守備、試合は124対149というバスケもびっくりの点取り合戦になっていました。

 同点でもないのによく見りゃ11回の表とかそうとういいかげん。みんな気がすむまで野球がしたいだけなんです。

 そんな中、直司のスマホにLINEの通知がはいりました。

 発信者は莢音、件名なし添付てんぷ画像なしのそっけなさ。

 本文にいたってはこう。

『土手』

『見て』

 直司は土手を見あげました。

 そこに二人の少女がならんでいたのです。



「フリルドレスなんてどうかなあ、それともスソ丈長めのカーディガン? あ! にゃんこ柄のプリントワンピはこの春最大のおススメだよ!」

 洋服だらけの四畳半にさらに衣装をばらまいて、ユキはのりにのっていました。

「足元はエナメルのシューズなんてどうかな! 普通は黒とかだけどここはあえて赤! いやいや白! うーんサヤネちゃんならピンクだ! だとすると麦わら帽なんかも合わせたいんだけど、まだ季節はやいかなあー♪」

 異様いような部屋、と言っていいかもしれません。

 ドアをぬけて左右のに壁ははしから端までポールがとおしてあり、そのうえは棚になっています。

 壁はすべて白ぬりで、入ってすぐ右手には2メートル×2メートルのおおきな鏡が。

「なにここ、まるででっかいウォークインクローゼット」

「わかる?! まさしくそれをイメージしたんだよおー! いやーさすが明星君の妹さんだねー♪」

 せまい四畳半、ここにはなにかがみなぎっています。

 息ぐるしいほど圧のある、ユキの妄念的ななにかが。

 普通ならドン引きです。

 背筋がうすら寒くなってもいいはずの光景なのです。

 なのに、莢音はどこか安心している自分を感じていました。

 生地とシューズと防虫剤のかおり、そう、ここは明星家とおなじにおいがするのです。

 それに気づくやいなやまたあの反発心が、頭の上で長っちりする梅雨前線のごとくぐんぐん発達はったつします。

「服とか外見ばっかかざる人って、なにかまちがってるって、思わないんですか?」

「サヤネちゃんは、だれかふりむかせたい人とかいないの?」

 質問を質問でかえされて、莢音はとまどいました。

「ちゃんと私の言葉に答えてくださいっ、つれてきたの、あなたでしょ!」

 うんうん。

 ユキはうなずきます。

「花って、綺麗きれいだよね」

「……はい?」

「夏の緑は目にまぶしくて、紅葉も沁みるようなよさがあるし、枯れた落ち葉並木も、私は好きなんだ」

 ユキがまっすぐに莢音をみました。

「着かざるって、そういうことだと思う。自分ぎ生きてるってことをまわりにアピールすることだと思う。知ってほしい人たちに、目を止めてもらうことだと思う。ヘアセットも服のコーディネートもお化粧けしょうも、それが花びらのようなものだって思うの。私という花を見てもらうための、ありったけの力で広げた花びら」

 莢音が息をのみます。

 これまで服で身をかざることを、そんなふうに考えた事がありませんでした。

 自分のみせたくないの欠点をかくす、ありていに言えば、ずるだと思っていたのです。

 かっこうばかり気にする人間を、軽蔑けいべつすらしていました。

 この二日でいくらかゆさぶられはしたものの、その根っこはゆらいでいません。

 いや、ゆらいではいませんでした。

「じゃあ今度は私の番」

 ふたたびユキがききます。

 それは悪魔の誘惑ゆうわくなのです。

「サヤネちゃんは、ふりむいてほしい人、いる?」

 莢音はためらい、逡巡しゅんじゅんし、さんざん身をよじらせ、

 そしてついに言ったのです。

「……………………お兄ちゃん」



 うすいピンクのセミロングスカートが、初夏の薫風くんぷうにフワリと広がっりました。

 たかくゆったツインテールが、重く風をなぞります。

 少しばらけた髪のかかった耳元には、涙滴るいてき型のヒスイ。

 ふかい緑が、ほんのり上気した頬のアクセントとなって、ためらいがちな彼女の表情を印象的にしていました

「莢音……と藤野さん」

 むきだしの肩をおおうのは、少し色の濃いショール。

 丸襟のシャツはスカートに色を合わせ、胸元にはシンプルなエメラルド色のネックレス。

 ウエストをタイトにみせ、腰から下はこまめなドレープが広がっています。

 足元は、上品なペールピンクのエナメルパンプス。

 その立ち姿は緑かおる土手にさいた、けなげなスミレのよう。

 直司が土手をのぼってきます。

「ああ……」

 こっちに気づいたリョウジとショー、佐藤アンバーが息をもらした。

「お化粧けしょう、してるんだね」

 直司がやさしく語りかけました。

「……ユキさんに、やってもらった」

 唇をとんがらせ、莢音はふいっと目をそらします。

 ほっぺたがじりじりほてりました。

 うぶ毛をおとし、くちびると目じりにしゅをいれただけですが、顔だちのすずしさをやわらかくうけとめています。

 そんな莢音の背後で、ユキがはげしく手をこまねいています。

 明星君! カモンカモーン! ご感想カモーン! のアッピールにちがいございますまい。

「見ちがえた」

 直司がにっこり笑います。

「すごくかわいいよ」

 莢音の顔がまっ赤にそまります。

 頭頂部の分け目までピンクに色づいています。

「すごいでしょ! イメージはぁ、今日食べた桃のジェラート! いやんすてき! サヤネちゃん超キュート!」

「イヤリングのヒスイは、彼女の瞳の色に合わせたのか。ふむ、さすがユキだ。梅雨の晴れ間のうすピンクが実に目にあざやかでいい」

「虎の子のエナメルのストラップシューズをだしたのか。はりこんだなユキ。そいつによく似あってる」

 リョウジとショーが、口々に賛辞をもらします。

「ふうむ、素材は悪くないと思っていたが、これはこれは!」

 佐藤アンバーも目をほそめ、

「活発な中にひめたる可憐かれんさをみごとに引きだしている! さすがユキ! 女性ならではの感性だな!」

 絶賛です。

 こうして、きのうユキがふんだ地雷は、無事撤去てっきょされたのです。

 ですがここで直司が、わざわざ撤去した地雷を起動します。

「うん、とてもよく似あってるよ、

 沈黙。

 それは怒涛どとうの前のようにブキミなしずけさ。

「二人、とも?」

 莢音がゆっくりと直司をみました。

 直司は、二人を交互に見ていました。

 サヤネとそして、ユキを。

 5:5、いやいや、6:4ぐらいで、ユキを多めに。

 そうそう、ユキもまたよそおいを新たにしていたのです。

 青紫色のワンピースにショール、サファイアのイヤリングにネックレス、足元は真っ青なエナメルのクロスサンダル。

 莢音と色ちがいのおそろい。

「どっちかってと、おまえはじゃまだけどな」

「まったく、おかしな副菜は主役のこうをそぐ」

「ぎゃ! ひどいよ二人とも! ぶうぶう!」

 幼なじみ二人の酷評こくひょうに、ユキがブーイング。

「そんなことないよ! 学校とはちがった感じで、なにか、新鮮って言うか……」

 フォローする直司は、恋する乙女のような恥じらいをふくんでいます。

 男ですけれど。

「おいおいやけるな明星! この私というものがありながらよその女に見とれて! お前と私は熱ぅーいベーゼを交わしあった仲だというのに!」

 佐藤アンバーがドカーンとわりこみました。

「か、交わしてません! 強引にうばわれただけです!」

「……ベーゼ? ベーゼって、何?」

「な、なんでもないなんでもない! ないないない!」

 直司がはげしく首をふります。

「サヤネちゃん、それはね、……子供が見ちゃいけないものなんだよっ」

 ユキがまっ赤になってこたえます。

「な、なに? なんなの? お兄ちゃんは、そんな、子供が見ちゃいけないことを、その人と……………………………!!!!!!!」

「ああ……それは事実だ」

「残念ながら……まじで心底ゆるしがたいがな」

「ちがう! ぼくはそんなことしてない! 少なくとも望んではしてない! 本当なんだよ! 信じてよ! みんな! 藤野さん! 沖浦君辻君! 莢音! お願いです佐藤先輩! みんなの誤解ごかいをといてください!」

 話題がおかしな方向にかたむいています。

 転がった先には破滅はめつの口がぽっかりと開いていて、それは舌なめずりして直司をまっていたのです。

「ふう、仕方ないなあ明星。わかったよ。お前のたのみとあらば、誤解ぐらいいくらでもといてやるさ」

「先輩……」

 満額の返事がもらえたにもかかわらず、直司の心は悪い予感でいっぱいです。

 そしてそれはもちろん的中しました。

「私と明星が交わした熱いキスは人前に出せないような恥ずべきものではない!」

「そっちですかー!」

 直司が初夏の空に力いっぱいつっこみました。

「お……………………ッ!」

 莢音の目になにかがみなぎっています。

 殺意的な、なんていうか、殺したい、的な、なにかが。

「……兄ちゃんのッ……………!」

 そしてほっぺにむかって、莢音の手のひらがフルスイングでジャストミート。

「ぶわかあああああああああああああ!」


 ぱあーん。


 直司の人生史上最大の、すごい炸裂音でした。



 お兄ちゃん、私来週誕生日だから。

 十四歳になるから。

 お誕生日忘れたら絶交だかんね。

 あと、苗字ももう変わって古西莢音なんだから。

 戸籍上も、もう兄妹じゃないんだから。


 莢音はそう言って電車に乗りました。

 直司はしずかに妹を見おくります。

 電車のが見えなくなるまで、ずっと。

「お兄さんの顔してたね、明星君」

 ユキがやさしく言いました。

「ああ、悪くない顔だった」

 とリョウジ。

「まったく、最高のビンタだった」

 これはショー。

 佐藤アンバーはずっと笑っていました。

 思いだすたびヒクヒク痙攣けいれんし、呼吸困難になるまで笑っていました。



 最後に全員で撮った画像は、その日電車を待つホームでのものです。

 撮影さつえい者はユキ、横長画面でのセルフィー。

 まん中にこれ以上なくぶすったれた莢音と、ほっぺにでっかい手形をはりつけた直司。

 直司と反対側、莢音とペアルックで手をくむ満面の笑みのユキ。

 莢音のうしろに立つ、笑いを必死でこらえているショーとリョウジ。

 直司の背後にはのけぞって笑ったせいで顔の一部が見切れてしまった佐藤アンバー。

 画像のデータは、6人全員のスマホにおさまっています。

 この出会いを記念するものとして。


     おしまい

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Days 〜県立常盤追分高校手芸部〜 ハシバミの花 @kaaki_iro

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