第279話 ロシェルの様子

「さて、どうするか……。予想してたとは言え、思ったよりジケイナの動きが早かったな。」

「………伊達に、競争の激しい王都で長年商会を経営してないさ。だがこの街では、ヤツにおもねる者は多いと思う。そう言う意味で、敵は多いだろう。ただ、あの感じだとギルドは大丈夫だ。」

「俺は何かされても、今まで通りですよ。でも、ロシェルの家族は心配です。宿に宿泊しているから、ランティエンスから帰る時に送ってやりたい。」


 勝手に予定を変えてしまう事になるから、俺だけでもそうしてやりたいけど…。問題は、俺が知ってる街かどうかって事なんだよな。


「そうだな……親父さんに予定を聞いて、俺達に指名依頼を出して貰えないか聞いてみるか。あとは、辺境から攫われた子供の事が分かるといいが………。」

「………それは、衛兵がティエーエムを調べるのを待つしか無い。あと護衛の件は、何処へ帰るのかにも左右される。帰る場所によっては、受けられるのは途中までになるかもしれない。シローもそれは了承しておいてくれ。」

「分りました。」


 戻る道すがら打合せをして、ため息が出た。ティエーエムだけだったら、あれで片が付いたかもしれないのに…。余計な事をしやがって…あのクソジジイ…。


 宿に戻ると、ロレンドさんが受付でロシェル達の事を聞いてくれた。今はもう、部屋に戻っているそうで、直接訪ねて行こうと言う話になった。


 その部屋に近付くと、子供の叫び声が聞こえて来る。俺達は顔を見合わせ、その部屋まで駆け出した。


「すみません!大丈夫ですか?!」


 ロレンドさんが声を掛けると、暫くしてドアが少し開き、父親が顔を覗かせた。


「……ああ…良かった………あなた達でしたか。すみません…息子が目を覚ましたんですが…連れ去られた恐怖からなのか、恐慌状態になってしまって……。」

「そうでしたか……。シロー、ここは任せて良いか?もしかしたら俺達が姿を見せてしまうと、より恐怖を感じさせるかもしれない。部屋で待ってるから。」

「分りました。」


 親父さんに回復が出来る事も説明して、部屋に入れてもらうと、母親に抱かれているのに、ロシェルが何かから逃げようと藻掻くように暴れていた。


「ロシェル!大丈夫よ、もう大丈夫だから!お願い落ち着いて、お母さんを見て!」

「いやだ!はなして!おうちかえる!はなして!!」


 ………クソクズティエーエムめ…絶対に許さねぇ。


 静かに近付き、回復を掛けてみる。心的外傷に効くかは分らないけど……あとは、アニマルセラピーだ。2人共協力してくれ!


「…………。」

「ロシェル?」

「(チビさん頼んだ!GO!)」


 先ずは、小振りなチビに先制してもらう。俺の襟元から出ると、ロシェルの視界に入る様に大きく動き、徐々に距離を詰めて行った。


「キュキュ!」

「………?」


 チビにロシェルが気付いてから、チビはゆっくりとロシェルの腕を伝い、顔の近くに行った。母親にチビに渡してもらう様、リンゴを少し切って手渡す。


「……ロシェル、見える?可愛いわね?……はいこれをどうぞ。」

「キュキュキュ!」


 チビが渾身のあざとさを出している……。リンゴを齧りつつもロシェルを見て、食べ終わると、もっとクレと催促のゼスチャー。


「…もっと食べたいって。ロシェルも上げてみて?」

「……………う…ん…。」


 ロシェルがリンゴを受け取り、チビに差し出すと、食べてもいいの?とばかりに、首を傾げて来た。

 おい……随分な役者っぷりだなチビは……。普段俺の頭の上で、ダンダンしてるヤツには見えないよ。


「…かわいい………。」

「そうね、可愛いわね。ロシェルもっと欲しいって。これもあげて?」

「うん…。はい…これもたべていいよ…。」

「キュキュキュ!!」


 今度は、マカダミアナッツの欠片を受け取り、チビがロシェルの肩でバク転した。


 ええ〜〜……?あなた、どこの所属タレントさん?


 ロシェルが『わあっ!』と歓声を上げる。チビも気を良くしたのか、もう一回転してマカダミアナッツを齧り出した。


 ロシェルの目はチビに釘付けだ。よし、悟郎さん出番です。ナンバーワンの実力を見せておやり!


「ニャ〜ウ。」


 ひと鳴きして、ロシェルの手の甲にタッチする。

 悟郎さんの足の裏は、肉球のあいだから伸びた毛でフッサフサだから、爪が出ていない限りシルクタッチだ。


 そのまま、ロシェルの手に頭をスリスリと擦り付ける。それに気付いたロシェルは悟郎さんにそっと手を伸ばす。


「ニャ〜ウ。」

「ゴローさんだ!」

「そうよ、ゴローさんね。ロシェルを心配して来てくれたの。」


 母親の手からベッドの上におりて、ロシェルが悟郎さんを撫でている。悟郎さんはその手を誘導するように頭をグリグリと動かした。


「フワフワ……やわらかい!」

「……そう。良かった…わ。」


 暫くそうしていると、悟郎さんが手でチョイチョイとロシェルを寄せ、服を爪で引っ掛けると、ベッドにコテンと横にさせた。

 ふむ……連れ込みテクを見せられている様な気分になったんだが…。悟郎さんは俺より確実に大人だ…。


 ロシェルが転がると、その胸元にスッと入り込み、一緒に横たわる。

 むぅ………この胸のモヤモヤ……俺、若干ジェラって来たんだけど……。


 ロシェルがそのまま、キャッキャと悟郎さんを寝っ転がりながらナデでいると、暫くして小さな寝息が聞こえて来た。

 何て鮮やかな手並みの寝かし付け……流石、ナンバーワン。


「(ニャウー(よし)!」

「(悟郎さん、ありがとう!)」


 悟郎さんがロシェルの腕を抜けて来たんで、そこにすかさず、俺がフォレストラビットの毛皮で作った毛布を差し込む。母親がその上から、上掛けを静かに掛けた。


「(すみません、向こうの部屋で少しお話出来ますか?)」

「「(はい!)」」


 静かに寝室を出て扉を閉め、ロシェルの両親に話を始めた。


「すみませんでした、大変な時に不躾にお邪魔して。」

「とんでもない!あなたの従魔のお陰でロシェルが落ち着いてくれて……本当に安心しました。」

「本当に、ありがとうございます!」

「あの毛皮の毛布は差しあげます。ロシェルが気に入ったなら使って下さい。」


 ロシェルが誘拐された原因の俺としては、今の状況はただのマッチポンプでしかない。

 詫びをするならともかく、礼を受け取る資格は無いので、悟郎さんとチビへのお礼として聞いていた。


「早速ですが、お聞きしたいのは今後の皆さんの予定なんです。こんな事が起こってしまい、このままランティエンスに留まられるかをお尋ねしたかったんですよ。」

「ロシェルが落ち着いたら、すぐにでも帰ります!」

「リディエ……。すみません、本当はもう少し滞在の予定だったんですが、妻の言った様にロシェルの様子を見て帰ります。」

「俺もそれが良いと思います。そこで相談ですが、方向によっては俺達に護衛をさせて貰えないかと……「是非お願いします!」……では、帰られる街はどちらですか?」


 母親が即答したが、父親にも異存は無いのか、街の名前を聞けた。


 『チェンパータ』………知らねぇ…どこだよそれ?


 後は、相談して明日改めて来ると約束し、ロレンドさん達の待つ部屋に戻った。

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