第187話 壊れた中間管理職嬢

 ノコギリの追加発注が入っているはずの、キャスレイさんの所へ陣中見舞に来てるんだが………工房から聞こえて来る音が以前にも増して激しく、声を掛けても全く出て来てくれない。


 大丈夫か?これ…。作ってるのはノコギリだよな?


 俺の藁人形作って、五寸釘でも打ち付けてるんじゃないか?


「キャスレイさん!!」

「…あああああ〜〜!!シロー君!!大変な事になってるんだよ!!俺、こんなに忙しくなると思わなかった!!商業ギルドから大量に発注されて、もう…もう…ずっと!!打ってるんだ!!!」


 ノコギリでも五寸釘でも無く、ヤバい薬を打ってるのかと思うほど、キャスレイさんが壊れていた。


 どんだけ発注来てるんだ?


「キャスレイさん、だから言ったじゃないですか…。一人で手に負えないなら、仲間に手伝って貰ったらどうですか?」

「……俺も最初はそう思ったよ!でもさ!新しく登録した刃物だって言ったら、みんなに断られたんだ!!上手くやったなとか、ウハウハだなとか、嫉妬かやっかみか分らないけど、手伝ってくれるヤツが見つけられないんだよ!!!!」


 あれま…。男の嫉妬も怖いですね〜。


 流石に俺は手伝えないしな。


「今は、どの位の発注が来てるんですか?」

「いきなり100本だよ!しかも納期は出来る限り早くって言われてるんだ!」

「キャスレイさん1人で、日に何本なら無理なく作れます?他の注文だってありますよね?」

「……だいぶ慣れてきたけど、5本が限界だよ。他の注文は……待って貰ってるんだ。」


 キャスレイさん、パニクってんな〜。


 常連客を蔑ろにしたら、他所に行かれちゃうだろが。それこそ、一番やっちゃ行けない事だよ。


「キャスレイさん、落ち着い下さい。常連さんや個人のお客さんを優先しないと駄目ですよ。商業ギルドからの注文は“出来る限り早く”でしょう?期限を切られてないなら、キャスレイさんが言ってた、さっきの本数をギルドに伝えに行きましょう。」

「でも、ギルドからのこんな大口の注文は中々無いんだよ?それを後回しに出来無いよ〜!」

「だからって常連客を後回しにしたら、結果、後々困るのはキャスレイさんですよ?それに今、きちんと切れるノコギリを作れるのはキャスレイさんだけです。大丈夫ですから、もっとドンと構えて交渉して下さい。商業ギルドには、さっき言っていた本数を納品すると、伝えれば良いですから。」

「……シロー君、一緒に来てくれるかい?あの担当してくれた受付の人、俺、ちょっと怖いんだよ…。催促もされてるし…。」


 あ〜あの中間管理職嬢か…。


 そりゃ、伊達にあの美魔女ギルド長の下で働いてないだろうからな〜。


「別にいいですけど、次は発注を受けた時に必ず決めて下さいね?出来ないなら、いくら大口でも受けちゃ駄目ですよ?!」

「分かったよ〜。でも、俺、人生初の大口注文で、色々おかしくなっちゃってたんだよ…。」

「本当に落ち着いて下さいね?でも、商業ギルドも変ですよ。どう考えても100本なんて、一気に使う事は無いのに…。」


 バトヴァルの伐採だって、かなり進んで来てる。


 そもそも人員だって、そんなに数はいないし…。

 一体、何に必要なんだ?


 ろくに食ってなかったキャスレイさんと、日中の満腹時間が短い悟郎さんに屋台で飯を食ってもらって、落ち着いてからギルドへ向かう。



 “は〜〜〜〜〜〜〜っ!!”と、メッチャ長い息を吐いた、キャスレイさんから話を聞いたら、俺が山に登ってから直ぐに中間管理職嬢が来て、大量発注を持って来たらしく、そこからはひたすらノコギリを作り続けていたらしい。


 3日で28本も作ったそうで、その数にキャスレイさんの無理が見えて来る。


 まったく。機械じゃないんだからさ…。


「…こ、こんにちは。フ、フーディアさんはいらっしゃいますか?」


 キャスレイさん………何でそんなに吃ってるんだ?


 俺と話してた時は平気だったよな?


 後ろで見守っていたら、キャスレイさんの様子が明らかにおかしくなった。


「いらっしゃいませ。キャスレイさん、納品にいらして下さったんですね?」

「あ…で、出来た分を持って来ました。残りは5本ずつ納品します……。」

「…はぁ。キャスレイさん。ギルドからの発注は100本です。揃ってから納品をして下さい。あと、いつ出来上がるんですか?あまり遅い場合は、発注を取り下げます。」

「!!で、出来るだけ早くもって…「ちょっと待って、キャスレイさん!!」」


 おい……。中間管理職嬢は、職人にこんな無理を言うヤツだったのか?


 契約の時にはそんな印象無かったぞ?!


「あ、シローさん!お戻りでしたか!お疲れ様です!」

「はい、お疲れ様です。あのさ、さっきの何なの?商業ギルドは職人さんに当たり前の様に無茶をさせて、出来なきゃ依頼を下げるぞって、脅すような事をいつもしてんのか?」

「とんでもありません!全て発注書に沿って合意の上で依頼をしております!」

「そう…。キャスレイさん、その発注書持ってたら見せて下さい。」

「あ、うん。これだよ…。」


キャスレイさんから発注書を借りて内容を見てみる。


 ……期日は出来る限りの早さを以って製作し、納品をすること。尚、ギルドからの催促があった場合はその限りではない。ギルドの指示する通りの納品がなされない場合は、発注依頼が白紙解約となっても異を唱えないものとする…。


「……はぁ。キャスレイさん、この発注書、ちゃんと読んでサインしたの?」

「え?だって商業ギルドの発注書だよ?内容は、フーディアさんに口頭で説明を受けてサインを……。」


 とりあえず、キャスレイさんからの解除に関してペナルティーは記載が無かったから良かったけど。


 それにしても、何でこんなギルドの勝手が通る様なクソ発注書なんだよ?!


 キャスレイさんもキャスレイさんだ!


 一度、セダンガとの契約で痛い目に合ってんのに、ギルドの発注書だからって、読みもせずに契約するなんて!


「キャスレイさん、ここ、読んでみて。」

「え…?わ、分かった。」


 キャスレイさんがその発注書を読み、確認をしていくと、見る見る顔色が悪くなり、ワナワナと書類を持つ手が震えた。


「……こ、こんな事が書いてあるなんて説明されてない!」

「キャスレイさん。自分でサインした発注書がここにあるんですから、その時に口頭で説明されてないと言っても通りませんよ。確認をしなかったキャスレイさんも悪いです。」

「!!でも!ギルドがこんな発注書を作るなんて!」


 そうですね〜。


 なんで、こんな職人潰しみたいな、無理を強いる内容なんでしょうね〜?


「フーディアさん、コレはあなたの用意した発注書ですか?」

「勿論、そうですよ。薬師組合からの受注分と他の街へ売りに出す分を合わせてキャスレイさんへ発注しましたから!」


 ねぇ、何でそんなに自慢気なのよ?

 マジで意味分んねぇコイツ……。


「……そう。因みに薬師組合からの発注は何本?」

「30本です。」

「そんなもんだろうね。…キャスレイさん、この発注を破棄しない?そもそも、内容をきちんと理解してたら受けないでしょ?」

「……受けないよ。当たり前じゃないか!」

「フーディアさん、今、キャスレイさんが言った通り、この発注は白紙に戻して下さい。今すぐお願いしますね?」

「……何故ですか?シローさんの不利益になります。なので、お引き受け致しかねます。」


 はぁ?俺の不利益って歩合の事を言ってるのか?


 だけど、これはキャスレイさんとギルドの契約だろ?

 そこで、俺を引き合いに出してどうすんだよ…。


「…シローさん、刃物を作る職人は他にも沢山おります。なので、キャスレイさんが無理でも違う職人に発注をが、キャスレイさんにもそのまま方が効率が良いです。ですから、発注はそのままと致します。」

「……あのさぁ、なんの権限でそんな事を言ってるか知らないけど、どの職人もアンタに強制された仕事なんかしねぇよ。それにキャスレイさんは発注を破棄するって言ってんだ!さっさと手続きをしろ!」

「大丈夫です!このまま作りますよね?キャスレイさん?商業ギルドとの付き合いは、これからも必要なはずです。それを失くしても良いんですか?良くないですよね?ですから、発注依頼はこのまま継続頂きますよ!」


 ……おい!サイコ女が受付に紛れてんだが?!


 これ、この前のビンタ受付嬢よりヤベーだろ…。


 大丈夫って何がだよ!話が通じなさ過ぎて、マジで気持ち悪ぃ!


 ちょっと!!キャスレイさんは、俺を盾にして引かないでよ!


「どうかされましたか?」

「……チェンジで。」

「は?ちぇん…?何ですかそれは?」

「誰でも良いから、アンタ以外の人と担当変えてって言ってんだよ!!」

「な!!何でですか??!!私はシローさんの為に…!」

「それが気持ち悪ぃってんだよ!!行動も、思考も、発言も全部キモい!!」


 そこまで言って、やっとフリーズした中間管理職嬢。


 ヤバいよ〜!異世界には心療内科無いんだぞ?!

 こんなの野に放っておくなよ!!


 しかも、俺の為にってどう言う事よ?!

 心当たりが無くて本当に怖いんだけど!!


「はい!そこまでよ、フーディア!」

「…………………ギルド長。」

「貴方は向こうで休んでなさい。いいわね?」

「………………でも…………はい。」


 チラッと、こちらを見つつビンタ美魔女に言われた通り、奥へ下って行く中間管理職嬢。


 気の所為か…?俺の周り、碌でもないヤツか変な女しかいねぇ……。


「ごめんなさいね。私からも言って聞かせてたんだけど、止められなくてね。弟さんを亡くしてから、偶におかしくなるのよ。」

「それはお気の毒ですけど、俺達には関係ないし、どうしようも無い事だ。」

「そうね、分かってるわ。ただ今回は、どうもあなたが切っ掛けになったみたいだったから、直接、拒絶の引導を渡して貰った方が効き目があると思ったのよ。勝手に使って悪かったわね。今度、何らかの御礼を用意しておくから許してちょうだい。」

「……悪気は無くても迷惑です。担当は変えて下さいよ?それと、キャスレイさんの発注書を白紙解約するか、新たな発注書を用意して下さい。」


 ビンタ美魔女と再発注の約束を取り付けて、その場は下がることになった。


 キャスレイさんも更にぐったりしてしまったので、お互いに労い、それぞれ戻る事にした。


 そう言えば、副コック長も言ってたな……。


 契約は慎重に。結婚は特に慎重にしろよって…。


 解約や離婚をする時は、場合によっては全てが敵に回るぞって。


 そして、時間も金も家も奪われて、残るのは借り入れ残高と心身疲労、複数の長い友達との別れだって。


 もう少し、まともな出会いが欲しい…。


 今日は、早い所ハウスに戻って、皆でお茶でも飲んで落ち着こう。

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