不良とはつるむもの
なに言ってんだ、この子。
思わず目が死ぬ。
同じ言語を使っているのに、使い方が致命的に間違っているというか、宇宙人と話している気になってくる。
正直、学校行きなさいとか、サボるんじゃないとか、お説教されたほうがマシだった。理解はできるから。
もとより疲弊しきっていた俺の心は、空無さんの一言によってご臨終だ。帰りたい。
絶えず苦虫を噛み潰し続けているような、心底死んだ眼を向けているというのに、俺の様子には一切気付かないのか、勝手に挨拶をしだす。
「同じクラスの、
「はぁ」
生返事。人違いですーと言えたらどんなに楽か。
「学校があるにも関わらず、ゲームセンターにいる。
つまり、貴方は不良……ということですね?」
違いますが。
自分から不良を名乗るつもりなんてない。
こうしてサボってはいるが、それだって週に1回、多くて2回程度。それ以外はちゃんと授業に出てるし、クラスメートと会話ぐらいする。友達と呼べる人がいるかはともかく。
なので、喧嘩はしないし、窓ガラスだって割らない。盗んだバイクで走り出したりもしない。
とても不良とは言えない一般学生Aなのだ。
ただ、空無さんにとっては違うようで、サボる=不良という方程式が成り立っているらしい。安直で安易だ。
お前は不良と決めつけられるのも嫌なので、普通に否定したようとしたのだけれど……なんか、めちゃくちゃキラキラした瞳を向けられている。
それはまるで子供がヒーローに憧れるような、無垢な憧憬。
思わず、うっと呻いて身を仰け反らす。これを否定するのは、流石に良心が痛んだ。
「……まぁ、そういう見方もできなくはないというか。
俺個人としてはあれだけど、第三者が見ればそう見えなくもないこともあるような」
ないような?
濁しに濁してもはやなに言ってるのか自分でもわからなくなっている。玉虫色どころじゃない。遠回し過ぎてもはやモザイクがかかっている。
けれど、そんな曇ガラスのような返答を、空無さんはいとも簡単に肯定と受け取った。
「私と同じですね」
両手を合わせて、それは嬉しそうに笑う。
そも、空無さんが不良かどうかも、疑わしさしかないのだけれど。スクールコートのボタンを全て閉めた着こなしは、模範生っぽい。
ガシガシと頭をかく。めんどうだ。
けど、教えさえすれば終わりだろうと、長椅子から立ち上がる。
そして、メダル両替機まで赴き、使い方を教えた。
メダルケースを取り出し口にセットする。お金を入れる。ボタンを押す。ジャラジャラー。
一つひとつ説明するたびに、「なるほど」「そうなっているのですね」と感心する空無さん。
その横顔は未知を探究する学者のように理知的で、けれども、初めてのおもちゃに触れる幼子にも似た
もっと大人っぽいイメージだったけど、こっちが素なのかな。
教室で見る空無さんは、人の輪の中心に居る。笑い、話し、勉強に打ち込む。ちょっとした冗談を口にすることもあったけれど、子供が大人に接するような余裕というか、隙の無さがあった。
空気を呼んで相手に合わせる。受動的な反応というべきか。
けれど、今の空無さんは、自身の感情の赴くままに行動しているように見える。
それが彼女の言うところの『不良』なのかどうかは、知らないけれど。
まぁ、さして興味はない。
チャリンッ、と最後のメダルがケースに落ちたのを見届けて、俺はじゃっと手を上げる。
「そういうことで」
そそくさと、元の長椅子に戻る。
なんか、余計に疲れた。はぁ、と口からため息が溢れる。
置いていた自分のメダルケースに手を突っ込む。
手の中に数枚メダルを握る。そして、再びメダルを打ち出す作業に没入しようとしたのだけれど、
「失礼いたします」
と、なぜか俺の隣、長椅子の反対側に空無さんが座ってきた。
横を向く。どうして隣に座る。
細めた眼差しで言外に訴えると、彼女はニッコリと笑った。
「やり方がわからないので、教えていただけませんか?」
なるほど。確かに、メダルの買い方を教えただけじゃ、遊び方はわからないか。
では、やり方を教えればいなくなってくれるのか。
その答えを、空無さんは「それに」と言葉を繋げて教えてくれた。
「不良とはつるむものなのでしょう?」
故に仲良くしようと、彼女は言う。
わからん。
空無さんがなにを言いたいのか。なにを考えているのか全く理解できない。
自分以外。他人の心なんて、そもそも理解できようものもないけれど。
優等生然とした彼女を知っているだけに、余計に理解に苦しんでしまう。
思春期特有の反抗期なのかなー。これまで良い子ちゃんだったから、悪ぶってみたくなったとか。
もしそうだったとして、だ。
正直、どうでもいい。優等生が高校デビューで不良になったなんて、例を上げれば枚挙に暇がないだろう。逆もしかり。
空無さんが優等生だろうが、不良だろうが、俺にとっては関係のない話。好きにしてくれ。
それに巻き込まれるのは、酷く億劫だ。
とてもとてもめんどくさい。
目尻と口の両端が下がっていくのを感じる。
こうして出会っただけでもめんどうなのに。
二人で肩を並べて仲良く遊んでいるところを学校の生徒に見られたらと思うと、げっそりする。空無さんの認知度は全校レベル。噂は瞬く間に広がり、学校全体を巻き込んだ面倒事に発展するのは目に見えていた。余計、学校への足が遠のいてしまう。
だからといって、拒否するのもなぁ……。
肩が触れ合いそうな距離で瞬く瞳を見ると、断るには小さな勇気が必要だった。同時に、若干の申し訳なさを抱く。
こういう時に、心のエネルギー。その消費を感じる。
本心と気遣いの衝突。自分の中のなにかが摩耗していく。
あぁ……ヤバい。虚無る。堕ちる。MPが足りない。
だから、学校サボってまで回復に努めていたというのに。
今日は運がない。
「はぁ。まぁ、どうぞ」
「っ、ありがとうございます」
今だけだ。今だけ。直ぐに飽きるに決まっている。
そう自分を納得させて、仲良くしようという空無さんの提案に生返事をする。
酷く雑な、それこそ彼女から見れば無礼に映るだろうに。
瞳を目一杯見開き、空無さんは頬を赤らめてへにゃっと嬉しそうに笑う。
そんな笑い方もできるんだ。なんとなく、感じ入る。
いつもは愛想笑いとまでは言わないけれど、感情のない張り付けたような笑顔を浮かべている。笑い方としては正しいのに、色がないのだ。
だから、嬉しいという感情を伴う空無さんの笑顔を初めて見て、少しばかり魅入ってしまう。空っぽの心に、少しだけどエネルギーが補給される。
面食いのつもりはないんだけどなぁ。意外と簡単だな、俺。
なにやら恥ずかしい。座り心地が悪くなって、お尻の位置をもぞもぞと動かす。
遊び方の説明をして誤魔化しにかかる。
「えぇっと、空無さんはこういうの」
やったことないんだよね? と、聞こうとしたら、突然、笑顔の花が散った。
目尻と口の両端を下げた、心底嫌そうな表情。どこかで見たことあるな、これ。主に鏡の前で。
なにか失言したか?
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