学校一の才媛が不良と自称し、どうしてかサボり魔の俺に懐いてくる。

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自称不良の才媛

 人付き合いというのは、まぁ、疲れるものだ。

 相手への好悪に関わらず、話していれば見えないエネルギーを消費する。それこそ、ゲームで言うところのMPみたいなものだ。

 俺の場合は、それが人よりも減りが早いのだと思う。多分。


 だからこそ、平日の朝。

 至って普通の学生諸君が、友人と肩を並べて談笑したり、ちょっかいをかけてゲラゲラ笑って登校している最中、俺はゲームセンターのメダルゲームで遊んでいるわけだ。あー、外れた。

 机の引き出しのように出たり入ったりする台。そこを狙ったはずのメダルは、下段のメダルの海に溺れる。


 学校サボってなにやってんだと言うかもしれない。

 けれども、疲弊した心を癒やすには、一人で過ごす時間が必要だった。

 家でゴロゴロ過ごすのもいいが、頭を空っぽにして黙々と何かに打ち込むのもいい。

 その点、メダルゲームはいい。少ないお金で長く遊べる。ちょーお得。


 挿入口にメダルを入れて、筐体の中に転がっていくのを眺める。

 市内唯一のゲームセンターは2階建て。

 1階はコインゲームとかクレーンゲームといったファミリー向けで、

 2階は格闘ゲームとか麻雀とかタバコ臭い。


 俺がいるのは1階で、平日の早朝ともなれば客なんておらず、閑散としていた。

 店内にところ狭しと並べられた筐体から流れるゲーム音はうるさいが、人の声がないだけで物静かな雰囲気がある。矛盾しているが、俺はそう感じる。

 それが、なんとなく俺は好きだった。


 なので、一日ぼーっと、メダルを投入するだけの作業に没頭していようとしたのだけれど、アクシデントが起こる。ゲーム風に言うならば、イベントだろうか。


「……?

 これは、どうしたらいいのでしょうか?」

 俺の通う学校指定のスクールコートを羽織った、黒髪の長い少女。

 メダル両替機の前で彼女はお金も出さず、キョトンと首を傾げては、オロオロと右に左に顔を動かす。


 なにしてるんだ、あの子?

 学校にも行かず、こんなところで遊んでるとか不良かな? 俺が言えたことじゃないけど。

 それに、明らかにサボっているというのに、学生服でくるとか度胸あるな。警察に補導されたらなんて言い訳するんだろう。ちなみに俺は私服です。

 ここの店長はそこら辺が緩いとはいえ、警戒心が薄いというか、素人か? サボりの玄人ってなんなのさとは思うけれども。


 まぁ、どうでもいいかと思っていたのだけれど、よくよく彼女の顔を見て――うげっ、と声が漏れる。同時に、は? と目を見開く。

 めちゃくちゃ見覚えがあったからだ。それも同じ教室で。つまり同級生。

 それだけならば、そういうこともあるかーで、うげっ、止まりだったのだけれど、は? と驚愕の声が漏れたのは、こんなところにいるわけなかろうという相手だったからだ。


 空無そらなしトオル。

 高校1年生で、同級生。そして、学校一の才媛として名高い少女だ。

 整った容姿で学校中の目を惹く空無さんは、常に成績もトップ。

 入試では堂々一位で、新入生代表を務めたほどだ。


 壇上に立ち、朗々と語る彼女の澄んだ声に聞き惚れ、美しい容姿に目を奪われる。世界共通のうっすら剥げた校長の長くありがたーい言葉に眠気を誘われていた生徒たちも、空無さんの言葉に顔を上げ、現実で夢見るようにほぉっと熱い息を零していた。


 そのことがキッカケで瞬く間に学校中に女神降臨と噂は駆け巡り、一躍時の人となった。

 入学式から半年。10月になり、表立った熱狂は落ち着いたものの、裏では告白ラッシュが続いているらしい。男女問わず。

 本当かどうかは知らないが、下駄箱を開けたらラブレターが雪崩を起こした、なんてアニメか漫画かみたいな噂まである。そこまでいったらもはや怪談ホラーだ。


 それだけの人気を誇りながら、鼻にかけることもなく、親しみやすい性格をしているのも人気の一つ。まだ1年生ながら、既に次期生徒会長なんて言われてたりもする、学校一有名な模範生。

 そんな空無さんが学校にも行かず、朝っぱらからゲームセンターでサボっているとか、まぁありえるわけがない。


 ……そのはずなんだけど。

 高校生にしては大人びた容姿は間違えようもなく、腰まで届く黒髪も相まってまず間違いなく本人だと俺の脳が告げている。

 しかも、メダル両替機の前であたふたしているオマケ付き。

 いやー。意味わからんね。マジで。

 まぁ、どうでもいいか。俺には関係ないし。


 どうやら、メダル両替機の使い方がわからないみたいだ。こういうところでも育ちの良さが出る。

 そんな空無さんがゲームセンターにいるのは増々不思議だ。

 使い方、教えてあげる?

 いやーでも。関わったらめんどうそうだ。

 元より、互いに学校をサボっている身。ただのクラスメートとはいえ、顔を合わせるのは少々気まずい。故に、ここはスルー推奨。それが俺と彼女のためになる。

 それに見るから困っていますという様子だ。通りがかった店員さんが声をかけるだろう……いや、確か今の時間は店長さんしかいないから怪しいな。あの人、絶対裏でヤニ吸ってるし。


 俺の知ったこっちゃないけど。

 そう思い、またメダル投入作業に戻ろうしたのだけれど、バッチリと。気のせいですよと誤魔化しようもなく、視線と視線が正面衝突。丸くなった鈍色の瞳が俺を捕まえた。

 うっわ。やっばー。


 見なかったフリをしたい。空無さんだって、同じ気持ちのはずだ。関係は薄く、話したことすらないけれど、今この時ばかりは以心伝心付和雷同。なんか違うな。

 まぁ、要するに暗黙の了解はなっている。そう思っていた。

 なのに、空無さんはどういうわけか、俺を見て輝かんばかりの笑顔を浮かべた。それこそ、つぼみがパァッと咲いたような笑顔だ。

 

 おいおーいおいおい?

 ちょっと待とうか待ってくれませんかねー?

 まさかまさかのまさか。男女問わず惚れさせる魅惑の笑顔を見た俺は、頬が引きつり嫌な予感を覚える。心が引き攣っているよ。


 そして、その予感が正しかったというように。

 彼女は体の向きを変えると、背筋を伸ばしキビキビとした歩き方で、俺に近づいてくるではないか。

 俺が間抜けに口を開けて呆ける中、空無さんの足は止まることなく、メダルゲームの椅子に座る俺の横にまで至る。

 キュッと磨かれた床を靴で鳴らし、ピタリと止まる。

 どこか誇らしげに笑う空無さんは、そっと薄い胸に手を当てる。


「おはようございます。

 

 ……いや、どういうことよ?

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