甘くて苦い不義理チョコ(GL)

Tempp @ぷかぷか

第1話

 カチャカチャとボウルをかき回してチョコを湯煎すると、キッチン全体にさっきから甘い香りが漂った。

 美味しくなぁれ。美味しくなぁれ。

 眼の前からそんな声が聞こえる。

「やっぱりもうちょっとお高いチョコのほうがよかったかな」

「どうだろ? でもこのクーベルチュールって鉄板のやつじゃないの?」

「そうなんだけどさぁ。隣にもう少し高いのがあったじゃん? そっちのほうが美味しいのかなぁって思って」

「そういう高いのって作るの難しいんじゃないかな、温度管理とか。よくわかんないけど」


 温度管理かぁ。そういえばさっきググったらチョコレートによってテンパリングする温度が違うんだっけ。

 でも私は美味しいほうがいい。だってこれの半分くらいは私が食べるわけだし。

 でも私の目の前で温度計をボウルに刺しているこずえは違う。本命の男子がいてバレンタインにチョコを送りたいんだそうな。その『本命』はだいたい毎年違うから、だから気にはなるけどね、どうしようもないから気にしないことにしてる。

 それで梢は毎年難易度の高いチョコを作ろうとするけれど、試してもだいたい失敗する。だからトリュフとか簡単なのがいいんじゃないかなぁと思う。その方が失敗しないし。でも失敗作が増えると本命に渡るチョコが減るわけだから、うん、悩ましいな。

「ラッピング、もっと可愛いのを買えばよかったかなぁ」

「男子なんて開けて食べてそれで終わりだよ。絶対ラッピングなんて見てないよ」

「そうかなぁ」

「そうそう。ラッピング凝るよりはトッピング凝ったほうがいいんじゃない?」

 トッピングはそれなりにたくさん用意した。

 チョコスプレーとかアーモンドとかナッツとかドライフルーツとか。トッピングは美味しさに直結するもんね。美味しいほうがいい。美味しいのはダイレクトに伝わる。幸せになる。はぁ。

 買って来た包装なんかより梢と一緒に作るチョコレート自体のほうがよっぽど重要だよな。

 でもプレゼントか。いいなぁ。綺麗に飾り付けられた梢のチョコを貰えるなんて羨ましい。そのパッケージされた気持をもらいたい。

知香ともか、こんなちょっとの温度調整で本当に味がかわると思う?」

「そう書いてあったけど。なめらかになるんでしょう?」

「そうだけれど、結局ココアパウダーをまぶしたらツヤツヤかどうかわからなくない?」

「んー、言われてみればそうかもだけど、きっと美味しいんじゃない?」


 私と梢は毎年私の家でバレンタインのチョコレートを作っている。

 今年はテンパリングというのをすることにした。チョコを40温度まで湯煎して、それから26度まで冷やして30度までちょっと上げてキープすると、チョコがツヤツヤして美味しくなるらしい。このちょっとした上がり下がりは近くに寄ったり離れたりする私と梢との距離感に似ていて少しだけどきどきする。

 けれどもまあ、最終的にはパウダーをかけるならツヤツヤは意味がないのかも。最終的、か。最終とは何だろう。なんとなくぼんやり天井を見上げると、シーリングライトがちかりと瞬いた気がする。そんなはずはないのにね。

 スプーンでチョコをすくって丸めてバットに置く。綺麗に丸くならないって梢が切れている。梢は手先があまり器用じゃない。チョコレートまみれの指でチョコレートをこねて、できあがるやつは真ん丸じゃない。それで失敗したのを私にくれる。

 梢が作りたいのは本命の男子にあげるチョコだけなんだからさ。たくさん失敗すればいいんだと毎年思う。

 全部のチョコの量は決まっていて、失敗すればするほど相対的にプレゼントされるチョコは減っていく。けれども梢の『好き』は相対的に減ったりはしない。それもばらばらに分割されて流れてきたらいいのにな。


 私と梢は幼馴染というやつで、小学校の時から同じ学校で、5,6年の時に違うクラスになったけれど中学でまた一緒になって、高校の今も同じクラス。なんだか運命的な何かを感じてしまう。

 だからこれは運命なんだ。手が触れたって怒られない。ぺたっと抱きついても嫌がられない。けれどもそれだけで、ガナッシュの中心のチョコみたいに色々なものをひた隠しながらベタベタといろいろな何かでトッピングして放送する。だから私が作った笑顔から何かがこぼれたりはしてないよね。

「知香もちゃんと作ってよ」

「私はボウルを押さえてるもん。梢が作るから意味があるんでしょ?」

「それもそっか。でもうまくまるまんないよ」

「じゃあ試しに作って見るからさ、作ったやつは梢が食べてよ」

「え、何で」

「いや、私が作ったのを本命にあげるつもりなの?」

「ないない、あそっか。じゃあ食べる」

「そうそう。ちゃんと食べてね」

 私はわりと手先が器用だ。だからだいたい真ん丸になる。

 大好き大好き。梢がさっきそんなことを言っていたから、口の中で小さく真似てみた。言葉にするとそれも一緒に混ぜ込まれるらしい。

 思いを込めながらチョコを丸めていく。とりあえず6個。

「なんでそんなに上手くいくの? それもってっちゃ駄目?」

「駄目でしょうが。本命さんが私を好きになっちゃうかもよ」

「なんでそうなるの」

「だって作ったの私なんだし」

「うーそっか」

「これはちゃんと梢が食べてね」

「全部食べたら太るじゃん」

「1日1個食べればいいんだよ。梢の失敗したやつ私が食べるんだからおんなじ数でしょ」

 目の前には楕円形になったチョコが6個並んでいる。私がつくったまん丸いチョコも6個並んでいる。

 梢の好きが詰まったこのチョコは私が食べて、私の好きが詰まったチョコは梢が食べるのだ。

 けれど、目の前の12個のチョコは並んでとても仲良しそうだけれど、くっついたりはしないのだ。

 ああ、本当は本命用も全部食べてしまいたい。だってこんなに梢が好きなんだもの。

 でも哀しいかな、そう上手くはできていない。

 だからこの大好きで大嫌いな本命チョコレートなんて、全部失敗すればいいのに。

 でもきっといつもいくつかは妥協して、それは本命にプレゼントされてしまう。

 だから私たちが手にした余剰の不義理なチョコレートは、今年も甘くてほろ苦い。


Fin

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