バレンタイン

桃の妖精

バレンタイン

今日は2月14日。


世間ではバレンタインデーとして、思いを込めたチョコレートと一緒に相手へと気持ちを伝える……そんな恋する乙女たちにとっては決戦の日である。


しかし男達は違う。


パートナーがいる相手なら確実にチョコを貰えるだろうが、貰える宛のない男達はその「今年こそは貰えるかもしれない」などというコピー用紙よりも薄っぺらい希望を胸に、今年も一喜一憂を繰り返す。


チョコを貰えたものへと送られるは嫉妬の眼差し。貰えなかったものに送られるは哀れみの優しい眼差しは、まるで「お前も仲間か」などという不本意である仲間意識を植え付ける。


そんなことを考えている俺も、そのチョコを貰えなかった哀れな仲間の1人だ。


高校生活最後のバレンタイン。


彼女は居ないんじゃない。俺が作らない様にしているから、相手もその事を分かってて告白してこないんだ。


などと悲しい現実逃避をするが結果は変わらない。最後の希望である、母親からのチョコを貰ったから異性からのチョコはゼロじゃない、などという暴論は流石にもう通用しないのは目に見えている。


明日はどれだけ異性からチョコを貰ったかで、クラスの一軍男子は盛り上がるのだろう。その事を今から想像するだけで気が滅入る。


「ただいまあー」


リビングへの扉を開くと「おかえりー」といつも通り、母さんがテレビの刑事ものドラマを見ている。

そして食卓テーブルの上にはラッピングされたチョコが例年どうり3つ。


そのうちの1つを手に取り、母さんへとお礼を言った後に自室へと戻る。


母さんからのチョコを勉強机に置き、制服からラフな格好に着替え出かける準備をする。

その後またリビングへと戻り、食卓テーブルに置いてあるチョコのうち1つを手に取り、母さんに念の為質問しておく。


「このチョコ、今年も都ねぇに渡してくればいいんだよね?」


「うん。そのつもりだから渡すのヨロ」


「うん、そんじゃ行ってくるわ。多分今年も捕まるから帰ってくるの遅くなる」


ドラマに集中しているのか、こちらを見ずに手だけ振りながら頼んでくる母さんにそう伝え、俺は家を後にする。


そうして家を出て数歩先。ピンポーンと迎えにある畑山家のチャイムを押す。


バタバタ、ドタドタ忙しい足音が畑山家の中から聞こえるが、俺はそんなのお構い無しにドアを開ける。


「都ねぇ、入るよー」


親しき仲にも礼儀あり。一応軽く断っておくが、俺はその家の主の「ちょっと待って!」という制止の声をスルーし、そのまま迷わずリビングの扉を開ける。


畑山家のリビングに入った俺は「またか……」という、怒りよりも先に呆れてしまう感想を抱く。いつも通り、床が見えないほどに衣類が散乱している道とも言えない場所を通って、目的地である声がしたコタツの前まで来た。


そこには隠れているつもりなのか、21歳にもなってコタツの中に入って足だけ外に伸びている、都ねぇを見つける。


「ねぇ、都ねぇ。俺2日前にも来て部屋の掃除して行ったはずなんだけど……」


そう言うと、コタツの寄生虫こと都ねぇはもそもそと動きだした。「いったぁ!」と頭をコタツにぶつけつつ、この家の主である畑山

都が申し訳そうな顔をしながら姿を現し正座した。


揺れていたコタツの上をよく見ると、ビールの空き缶が5本並んでいる。つまりこのダメ人間は、俺が戦場とかしたバレンタインデー当日の学校へ行っている間に、大学生という立場を利用し昼間っから酒を飲んでいたわだ。


しかしそれはバイトもなく、大学の授業も無いから出来るダメ人間としての行為。


まだ、一端の受験生からしたら羨ましい限りではあるが何も言えない。しかし部屋がこれだけ散らかっているとなると話は別だ。

何せ俺はこのダメ人間のために、週3でこの畑山家の掃除をしているのである。

おかげで満足に受験勉強が出来ないたらありゃしない。


都ねぇにその事を伝えたが、都ねぇは申し訳そうな顔をした後、「テヘ」ッと笑顔で言ってきたので、今週の部屋は自分で掃除するようにと伝えた。


今日ぐらい仕方ないかとも思う自分もいるが心を鬼にして突っぱねる。都ねぇはこの世の終わりのような顔をして泣き出しそうになったので少し胸が痛くなってしまった。


しかし今日の都ねぇはコロコロと表情が変わる。そしてコタツの上のビールの空き缶。ここから導き出せる答えはひとつ。


「都ねぇ。今酔っ払ってるでしょ」


「ぜぇんぜんそんなことないよぉ〜」


やはりいつもより声がトロンとしている。


「はいはい、いいから水飲んで。そしたら布団行くよ。」


「布団なんて遊くんのスケベだぁ」


とお酒の力で、変なテンションになっている都ねぇはケラケラと笑い出す。


ハイハイと流しつつ都ねぇに水を飲ませ、リビングの奥にある部屋へと連れて行く。


その部屋に入ると否応なしにでも目につくそれ。畑山 楠蔵。畑山 翔跳。都ねぇのご両親の仏壇。


昨日2月13日は、交通事故で亡くなった都ねぇのご両親の命日である。だから都ねぇは昨日、お酒を飲んで色々忘れたかったのだろう。


布団を引いて都ねぇを無理やり布団の中に入れる。すると直ぐに都ねぇは大人しくなっていっていく。


「……たく、酒そんなに強くないくせに」と都ねぇを起こさないように、小さな声でぼやく。


「これ、母さんからのチョコ。それじゃあ、俺戻るね。都ねぇも体あっためて寝なよ」


起きてるか、起きてないか微妙ではあるが、都ねぇにそう言い、今年はすんなり帰れると思いながら俺は部屋から出ていこうとする。


「行かないで……」


都ねぇのその言葉を聞くまでは。


振り向くと都ねぇはスヤスヤと寝息を立てているように見える。寝言だと思う。だけれども無視は出来なかった。


「今年も遅くなるな……」


そう誰に聞かせる訳でもない独り言を呟く。

俺は都ねぇの寝ている布団の横で、念の為持ってきていた課題を解くことにするのだった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


目が覚めた。そこは記憶が途切れる前のコタツの前ではなく布団の中であった。身体を起こす。


一体いつの間に……自分で移動したんだろうか?


そう思うのもつかの間。横からスー、スーと規則正しい寝息が聞こえる。振り向くと壁に寄っかかって眠っている、可愛い可愛い弟分である遊が眠っていた。


どうやら自分を布団まで引いて、連れてきてくれたのは彼のようだ。


どうして彼はここで眠っているのだろう。そう疑問に思うが、次第に酔っ払っていた時の記憶が徐々に蘇る。


眠る前に何か言ったような……


昨日はパパとママの命日だった。寂しくなった私は、もしかして遊くんに、「寂しい」的な事を言ったのかもしれない。でなければ、受験生である遊くんがここに残る理由がない。


遊くんは昔から優しいからなぁ。遊くんの寝顔、小さい頃から変わってないな。ふつふつと湧いてくるこの気持ちは、やっぱり止められそうにないなぁ。


……なんて思っていると、眠っていた遊くんの目がだんだんと開いてきた。そして私と目が合った。少し間があった後に、


「目が覚めたなら、起こせよな!」


と、遊くんは寝顔が見られたのが恥ずかしかったのか少し怒っている。だけどその瞳の奥は優しい色で……


「ごめんごめん。受験生を少しは休ませてあげたくてね」


「都ねぇの家の片付けをしなくていいなら、もうちょっと休めるんだけどなぁ」


「そこはまあ、ね?」


「ね? ってなんだよ……」


2人でいつものように戯れる。


「ハハッ」


「フフッ」


どちらが先かは分からないが、なんだかおかしくなった来て2人して笑い出していた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


2人して一通り笑い合った後、俺は「そんじゃ、俺帰るわ」と言って立ち上がった。


それに対して都ねぇも「玄関まで送るよ」と言い立ち上がる。


今度は、さっきまで笑いあっていたのが嘘であったかのように、2人して無言で玄関まで歩く。


「ん、それじゃ」


靴を履き終わった俺はは玄関の扉を開けて出ていこうとする。


「ちょっと待って!」


しかし都ねぇはそこで俺を呼び止める。


きっと不思議な顔をしている俺。


「いやね、そういえば今日バレンタインでしょ。だからさ、チョコの代わりにコレ上げるよ」


そう言って都ねぇが取りだしたのは蜂蜜入りの飴玉。


「なんだ、チョコじゃないのかよ」


「チョコじゃなくてもそこはほら、気持ちの問題でしょ?」


「まあ、確かにそうだけどさぁ……」


不満気な俺に、都ねぇは少し呆れたように話す。


「んー、まあ飴玉ありがと! そんじゃ俺帰るわ」


「はいよー、今度またそっちにご飯食べに行くから」


都ねぇのその言葉を聞き俺は扉を占める。


……飴玉か。受け取ったものはありがたく頂こう。そう思い、俺は飴玉を口の中に放り込むのであった。

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バレンタイン 桃の妖精 @momonoyousei46

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