バレンタイン。気になる“あいつ”は日直だった。

藤宮カズキ

とある女子高生のバレンタイン

「三崎?」


 え。


「滝田。は、早いね」


 バレンタイン。

 朝7時過ぎ。下駄箱。

 朝練前に私──三崎瑞希(ミサキミズキ)が机の中にチョコを入れておこうと思っていた“あいつ”がそこにいた。

 そんな“あいつ”──滝田篤史(タキタアツシ)は眠そうにあくびをしながら、上履きに履き替える。


「日直なんだよな、今日」


「そ、そうなんだ」


 にしては早くない!? とか、なんでよりによって今日!? とか思ったけど、声に出さずにいれたのは、多分予定が狂って混乱していたからだと思う。


「三崎は? 早くね?」


「あ、朝練、だから……」


「吹部なのに?」


「吹部を何だと思ってるわけ?」


 文科系のフリした体育会系だぞ。吹奏楽はめちゃくちゃ体力いるんだぞ。

 って、そうじゃなくて!! 

 チョコ、机に入れらんないじゃん!!

 え、え。どうしよう? もうこのまま渡しちゃう──ッ!?


「じゃ、俺。職員室に寄って行くから」


「あ、私も」


 ああ~~~~~~~~、タイミングぅ……。

 なんでこの学校は下駄箱のすぐ側に職員室があるの……。

 がっくりしながら吹部顧問の黒部(クロベ)先生のところへ向かう。


「先生~、部室の鍵ください」


「三崎さん。まずは挨拶」


 先生すご。

 こんな朝早いのにちゃんと化粧までしてる。私なんてまだ眠いのに。


「おはようございます、黒部先生。部室の鍵をください」


「……練習までにはしゃっきりしておきなさい」


「は~い」


 と、黒部先生から部室の鍵を受け取りつつ横目に見れば、滝田が担任から学級日誌を受け取っていた。

 あ、こっち見た!? ヤバ──ッ!!


「三崎さん……?」


「なんでもないです。あはは……」


 こっちもヤバい。慌てて目を逸らしたとこを、黒部先生にバッチリ見られた……。

 バレて、ないよね……?


「ウカれるのもいいけど、ほどほどにね」


 うわぁ、バレてる!?


「どういう意味ですか」


「言ってもいいの?」


 微かな抵抗も虚しく、黒部先生は全てを察したように、職員室から出ていく滝田をチラリと見た。


「……やめてください」


 さすが女。今のだけで察するとは。

 あ~あ、それにしてもタイミング無くなったなぁ。

 どうしよう。今から追えばまだ渡せる?


「あ、瑞希(ミズキ)」


「……詩織(シオリ)」


「鍵?」


「うん」


 これはもう無理だ~。

 なんでこうもタイミング悪いんだろ。

 職員室出たとこで、バッタリ同じ部活のメンバーに会うなんてある!?

 ……あるか。うちの学校、下駄箱から職員室までめちゃくちゃ近いし。


「早く行こ。先輩来る前に鍵開けないと怒られるよ」


「うへ~、それは勘弁」


 うん。もうしょうがない。

 先輩に遅れた理由聞かれて、チョコを渡すためなんて答えたら、死ぬほど怒られるに決まってるし。

 吹部とは文科系のフリをした体育会系。一年の私が二、三年の先輩に逆らえるわけもない。

 ……でも、手作りで頑張ったんだけどなぁ。


「あ、瑞希チョコ作ってきた?」


「え!? チョ、チョコ!?」


「? 朝練の後に交換するって言ってたでしょ」


「あ、ああ。うん。もちろん。作ってきたよ」


 女子の多い部活らしいイベントだ。部員同士でチョコ交換なんて。

 まあ、じゃなきゃ手作りチョコなんて作ろうと思わなかったって言うか、滝田にチョコを作ってきたのだって材料が余ってたからだし……。


「もしかして、本命いるの!?」


「いない! いないってば!!」


「え~~~? 誰々? 吹部のメンバー?」


「一番無いって。うちの男子だよ?」


「そっか~。まあ、そうだよね」


 ごめん。男子。

 でもそういう対象で見れないんだよね……。

 吹部だからかなぁ。女子の方が強いっていうか、男子がな~んか情けないんだよね。


「クラスには? いないの?」


「だからいないってば~。そう言う詩織は? どうなの?」


「え~、ないよ~。なんか男子ってガキっぽいし」


「言えてる」


 なんて言ってるけど、そんなガキっぽい男子がたまに頼もしかったり、ね。

 滝田も普段はふざけてたりするけど、割と真面目だし、今日だって日直だからってこんなに早く来てるし。

 まあ、だから何って話なんだけど……。

 別に、チョコだって本気で渡すつもりじゃなかったって言うか、……材料余ったから作っただけだし。

 大体、手作りとか重いし!! 本命とか、なんか恥ずかしいし……。


「瑞希?」


「え、あ。な、何!?」


「部室。鍵」


「あ、ごめん。ボーっとしてた」


「バレンタインだから?」


「朝早いからっ」


 そう。朝早いからだ。

 別に滝田にチョコが渡せなくて悩んでたわけじゃない。


「うん。よし!!」


「え、何?」


「詩織、部活がんばろうね!」


「ホントに何? どうしたの、いきなり」


「いや、気合い?」


「なんで疑問形?」


「眠いから?」


「眠いからはしょうがないか」


 なんて言いながら朝練の準備をする。

 その内に他の一年や二、三年の先輩たちもやってくる。

 冬の空気とはまた違う部活特有の緊張感に、身が引き締まる。

 ……うん。今年は部活を頑張る年にしよう。先生の言う通り、バレンタインだからって浮かれてる場合じゃない。


「って思ってたんだけどなぁ……」


 昼休み。クラスの友達と机を囲みながら、お弁当に入っていた卵焼きを食べる。誰にも聞こえないほど小さな呟きも一緒に。

 ……うぅ~、モヤモヤする~。

 部活を頑張るって決めたのに、なんか今日はやけに滝田が目に入る。

 全然そんなつもりないのに、チョコなんてもう渡すつもりないのに。


「男子~。並べ~」


 あ~、これか~。

 昼休みはいつもサッカーしてる男子まで教室に残っている理由は。

 そうだよね。部活でもあったし、教室でやる女子もいるか。


「義理チョコやるぞ~」


 あったあった、中学の時もあった。

 クラス全員分のチョコを配る女子って、やっぱりどこにでもいるんだ。

 いやまあ、私も部活でやったから人のことは言えないけど。

 にしても……。


「男子ウカれ過ぎ~」


 クラスメイトの言う通り!!

 ちょっとはしゃぎ過ぎじゃない!?

 滝田もねっ!

 いいんだけどね!? そういうイベントなんだし、楽しむのは!!

 義理だし!! 貰ってるのは全員に配られる義理チョコだし!!

 ていうか、別に本命じゃないんだし、あんな喜ばなくてもよくない!?

 いや、関係ないけどね。私は部活頑張るって決めてるから!!

 滝田が誰からチョコを貰ってても、関係ないんだけどね!?

日直だからって真面目に朝早くなんか来るんじゃないって!!


「瑞希。なんか音が荒れてる」


「気合い入ってるから」


 ふん。あんなにウカれることないじゃん。

 そんなにチョコが食べたいならコンビニで買って食べればいいのに!!

 男子って本当にバカだよね!!


「三崎?」


 え。


「滝田。お、遅くない?」


 放課後。

 18時前。教室。

 完全下校時間前に忘れ物を取りに行ったら、なぜだか滝田がにいた。


「日直で遅くなったわ」


「そ、そうなんだ」


 にしては遅くない!? とか、何してたらこんな時間まで!? とか思ったけど、声を出さずにいられたのは、いきなり滝田と二人きりになって混乱したからだと思う。


「三崎は? 部活?」


「う、うん。そう」


「さすが体育会系。すごいな」


「いや、うち吹部だから。体育会系じゃないから」


 ガチの体育会系ほどじゃない。だったら文科系なのかと言われたら、違う気もする。めっちゃランニングとか筋トレするし。


「う~ん」


「何してんの?」


 何かを探すように自分の机を漁る滝田。


「いや、無いかなって思って」


「何が?」


「チョコ」


「……バカ?」


「おい! 何だよバカって」


「だって」


 あれ、ていうか……。


「貰ってないの? チョコ」


「いや? そんなことないけど?」


「昼休みのは義理でしょ」


「さすがにそれはわかってる」


「貰ってないんだ?」


「……貰ってないけど」


「ふぅん」


 あれ!? あれ!? あれぇッ!?

 え、チャンス!? これチャンス!?

 今なら渡せるよね!?

 え、でも。正面から? 今? それは、無理じゃない……?

 いやだって、……恥ずかしいし。


「三崎?」


「ひゃい!?」


「え、何?」


「な、何でもない!」


「はぁあ! 高校初のバレンタインだって言うのに!! しゃーない。帰るか」


「ぁ」


 帰っちゃう!!!!

 え、え。でもどうしよう!?


「た、滝田──ッ!!」


「なんだよって、──うおっ!?」


 ガタガタッと音を響かせ椅子が動く。

 机の前にいた滝田をどかすようにして、私は教室の扉まで走った。


「み、三崎?」


「つ、机──ッ!!」


 ああ、無理!!

 絶対無理!!

 今、滝田の顔は絶対っ見れない!!


「帰る前に確認すれば! わ、忘れ物あるかもだし──ッ!!」


 限界。もうダメ。

 これ以上は心臓がもたない──ッ!!


「あ、おい! 三崎ッ!!」


 制止する滝田に応えることなく、廊下を走る。

 文科系のフリした体育会系の面目躍如だ。あっという間に下駄箱に繋がる階段へとたどり着く。


「三崎──ッ!! めちゃくちゃ嬉しい──ッ!!」


「~~~~~~~~ッ!?!?!?!? ──知らないからッ!!!!!!!」


「おう!!」


 何その返事。ていうか、叫ぶな!!

 そんなことを思いながら、階段を二段飛ばしで降りていく。

 顔が熱い。心臓がバクバク言ってる。

 でもこれはきっと、階段を駆け下りたからじゃない。

 きっとこれは──、


「ウカれるのもほどほどにねって、言ったと思うけど」


「はい、すみません……」


 階段を駆け下りた先、一階の下駄箱前には黒部先生がいた。

 ……なんですか、先生。その目は? ニヤニヤしながら見ないでもらえますか?


「節度は守ってね」


「~~~~~~~~ッ!?!?!?!? ──そんなんじゃないですッ!!!!!!!」


「あの子たちにもそう言うの?」


「え」


 あ。

 ああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!

 忘れてた──ッ!!!!!!!!!!!!


「瑞希。ちゃんと聞かせてよね」


 そう言ってこっちを見るのは、詩織を始めとした吹部メンバーたち。

 そうだった。一緒に帰ろうって言ってたんだった……。

 うっわ、マジ……? 先輩もいるんだけど。


「あなたたち。遅くならないようにね」


「「「「「「「はーい!!!!」」」」」」」


 あ~、もう!!!!

 やっぱり朝練前に机に入れておけばよかった!!!!

 なんで今日に限って“あいつ”は日直なの!?

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バレンタイン。気になる“あいつ”は日直だった。 藤宮カズキ @fujimiyakazuki

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