偉大な魔法使い
二つ名『暴風雨』。『偉大な魔法使い』という肩書きは決して軽いものではない。
こんなところで一瞬とは言え、気を失ってしまった事はアルとして恥ずべき事態だ。
別に舐めていたワケではない。ただ、本気でもなかった。
出し惜しみをした結果が己の失態である。
故に、出し惜しみはもうしない。
「ハーハッハ! 楽しくなってきたぜ! さあ、この俺に『暴風雨』の全力を見せてみろやァ!」
吹っ飛んでそれなりのダメージを受けている筈のデューザー。しかし、何事も無かったように獰猛な笑みを浮かべながら吠える。
「ええ――思う存分に味わいなさい!」
アルも吠える。
二つ名『暴風雨』の由来は単純明快であり、誰もがそれを見てしまえば納得してしまうもの。
アルの魔法性質は風。故に風の系統魔法を主に御している。だが、それだけで『暴風雨』とは呼ばれない。
場に風が逆巻き、じっとりと湿度が上昇していく。
リノリウムの床、周囲の壁に水滴が付着する。
「……? 水?」
「『暴風雨』とは風だけでは成り立ちませんので、私の魔法性質は風ではありますが――」
瞬間、周囲に風雨が吹き荒れる。
「水の系統魔法も風より多少劣りますが、それなりの性質を有しています」
「はーっははー、楽しく成って来たなァ!」
デューザーは歓喜の声を上げながら、数個の火球を放つ。
だが、その火球の全てはアルに直撃する前に尻すぼみとなって勢いを失くし消滅する。
「ああ?」
「あまり『偉大な魔法使い』を舐めないでもらいたいですね。彼方程度の魔法を打ち消すくらい造作でもありません」
吐き捨てるように告げるアルの右目は翡翠に、左目は蒼穹に輝く。
「相反する系統魔法はその使用者の力量によって打ち消す事が可能です。それは貴方も知っているでしょう?」
周囲の風雨は更に激しく荒々しくなっていく。それは正しく暴風雨だった。
「俺の魔法が劣っているだと?」
「ええ、そう言っていますが? もしかして聞こえませんでしたか?」
「っ――! 舐めんじゃねぇぞ! 俺は『千岩の槍』の猟兵団長、デューサー・アシュトレー。実力で伸し上がった猟兵団長だッ!」
アルの挑発染みた言葉。
それに対してデューザーは激怒し、大声で怒鳴り散らす。
善悪を度外視したとして、デューザーにも誇りはあった。それは実力によって勝ち取った現在の立ち位置だ。
その誇りを、力を、瞬く間に捻じ伏せられ、挙句挑発までされれば怒り狂うのも道理だろう。
デューザーはこれまでとは比較にならない火焔をアルへと放つ。球体ではなく火炎放射器のようなものだ。
「蒸し焼きになりなァ!」
デューザーはその身にある全ての魔力を注ぎ込んでいた。
普通の魔法使いであれば間違いなく焼き殺せていただろう。
だがしかし、相手は本気となった『偉大な魔法使い』。その足掻きは無意味でった。
アルが右手で宙を薙いだ。
瞬間、デューザーの放った火焔は一瞬にして鎮火してしまう。
「――私は、これより手は抜きません。敵対者には圧倒的な力を用いて対峙しましょう。ありがとうございます、迷っていた私を焚きつけてくれて」
「あん――?」
勝負は一瞬だった。
風切り音と共に、デューザーの首が刎ねられた。
「さようなら、デューザー・アシュトレー」
アルのその眼は底冷えするほどに冷め切っていた。
異世界より侵攻されるこの世界で 霜月風炉 @logic1126
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