開始
「アルシナート? ああ、件の脱走兵か。偉大なる魔法使いであるにも関わらず、国を裏切った愚か者か」
「ええ、その愚か者で違いません」
アルは抱えていた俺を下ろした後、鋭い眼光をデューザーへ向ける。
「報告は受けている。確か、『この不当な侵攻に疑問を抱いた』だったか? なるほど、偉大なる魔法使いであろうとも詳細までは知られていなかった。いや、初めからあこうなる事を予見していたからこそ告げなかったと考えるべきか」
「どういう意味ですか?」
「さあ? ま、言ってしまえば――アンタは高潔過ぎただけの話だよッ!」
一瞬だった。突然の荒風が巻き起こり、デューザーの姿が俺の眼前に在った。
「何を呆けていた? 此処は戦場だ。話をしているから大丈夫だとでも思っていたか? だったらそれは勘違いも甚だしい。隙を見せた時点で狩られる。それは戦場の通りだろうよ」
「っ――――⁉」
デューザー右手には身長と同等の大きさを誇る岩から切り出したかの如き武骨な大剣が握られていた。一体いつの間に?
その横薙ぎによって、俺は自身が両断される姿を幻視した。
不味い。殺される。
が、ダンッと、その横薙ぎは間に割って入ったアルの蹴りによって防がれる。
「流石、この程度なら反応できるか!」
その叫びと当時にデューザーは左拳をアルへと叩き込んだ。
鈍い音と共にアルの身体がくの字に曲がって吹き飛ばされる。
「アルッ⁉」
「他人の心配をしている場合じゃねぇぞォ! 言ったよなぁ? 隙を見せたら狩られるってよォ!」
横からの強烈な衝撃を受けた。
バキリと明確に何かが折れる音がし、気が付けば俺の身体は宙を浮いていた。そして、気付く。蹴られたのだと。
俺の身体は宙を飛び、リノリウムの床を数度バウンダした後に自衛隊員らがいる場所へと突っ込んだ。
「っと、おい。大丈夫か?」
自衛隊員の一人が焦った様子で俺へと声を掛ける。
意識が飛んでしまいそうではあったが、全身を支配する痛みのお陰もあり、何とか意識を失わずに済んだ。
「ってぇ……大丈夫です」
フラフラと立ち上がり、デューザーへと俺は視線を向ける。
「ふーん? 痛みで泣き喚いて命乞いでもするかと思ったが、最低限の肝は据わっているみたいだ。何処ぞの拠点にいた奴らとは違うみたいだな」
その言葉に俺は思わずピクリと眉間を動かした。
「……それは戸畑区にあった拠点の話か?」
「戸畑区? ああ、そう言えばそんな場所だったか? 大した人数もいなかったし、目的の物もねぇ。それではとんだ無駄足にしかならねぇから、とりあえず殺しておいた」
「あ?」
「だから殺しておいたんだよ。俺たちは猟兵だ。猟兵団ってのは成果が必要だ。それで飯を食っている戦争屋だからな。だから、殺した。それだけの話だ」
デューザーのその発言には感情も無く、申し訳なさも無く、経緯も無い。ただ、己の行動を無駄足にしない為だけに人を殺した。
俺は歯を噛み締めながら、デューザーを睨みつける。
「おいおい、何を怒ってるんだ? そもそも俺とお前らは戦争中だぜ? 殺して何が悪いんだ?」
「ふざけんな! 拠点の人たちだってアンタらに危害を加えたワケじゃないだろう!」
「まあ、その通りだ。俺たちから手を出さなければ、何もしなかっただろうよ。だけどねぇ、言ったと思うが、今は戦争中だ。後々、脅威になり得る可能性があるならば速やかに殺す。だから、この病院を襲撃した。敵対勢力は少ない方が良いだろう?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中で何かが弾けた。
コイツは、この男は、生かしておいてはいけない。
右手を突き出し、火の系統魔法を発現させ、火球をデューザーへと放つ。
だが――――、
「うん? 何かしたか?」
直撃した筈だった。
しかし、デューザーは変わらぬ様子で立っていた。
「弱いな。弱過ぎる。それどころか、これはお前の系統に見合っていないな。とんだ笑い種だ。ま、これ以上の無様晒す前にとっとと死ね」
「ええ――全くですねッ!」
一陣の風と共にデューザーの横腹へ、アルが拳を突き刺す。
「隙を見せたら狩られる。その言葉をそっくりそのままお返ししましょう」
ダンっとデューザーの身体が吹き飛んでいく。
「ふぅ、少しばかり気を失ってしまいました。隙を見せた私が悪いのですが……。とにかく此処からは少しばかり本気で行かせてもらいましょう」
口から血の混じった唾を吐き捨てながら、アルは能面顔染みた表情でデューザーを吹き飛ばした方向へと顔を向けた。
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