それでも前へと進む為に

思案

 亡くなった者たちの亡骸を埋葬し終えた頃には一週間が経過していた。

 アルが周囲の警戒を行っていたが、関門橋付近から部隊が動く気配はなく嫌に静かな期間ではあった。

 埋葬を終え、俺とアルもそろそろ動き出さなければならない。

 難所と思われる関門海峡越えについても案を突き合わせる必要がある。

 しかし、問題が一つあった。神楽の今後についてだ。

 避難上の壊滅により、生き残りは神楽一人。流石に女の子一人を置いて「はい、さようなら」と言う程に俺は終わった人間性をしていない。

 だが、旅を共にするとなれば危険が伴う事も確か。理想は自衛隊が駐屯する場所へ送り届ける事だが……。


「私も二人の旅に同行します」


 と、まあ神楽本人がそう言い出したのだ。

 言い分としては「知っている人と一緒にいたい」との事ではあるが、俺が見る限り彼女の瞳の奥がドロドロなヘドロ染みた黒を醸し出している。

 これにはアルも気付いているようだが、困り気味に首を振るだけだった。

 今はアル監修の下、神楽が魔法習得の訓練をしている。

どうやら神楽も魔力を保有しているのが分かった事もあり、護身の術として魔法を教える事にしたらしい。

熱心に取り組む神楽の姿に、俺は少しだけ神妙な気持ちになってしまう。

だが、前へと進む原動力になるのならば――と俺は何も言わなかった。

 その夜――――。

 神楽が疲れからか少し早めに寝息を立て始めたのを見計らって、見張りに徹していた俺のところへアルがやって来た。


「ん? 交代にはまだ早いぞ」


「ええ、解っていますよ。今回の襲撃について考えていた事があります」


 そう言って、焚き火の前に座る俺と隣にアルは腰を下ろす。


「今回の襲撃にシューヴァント先輩の部隊が関与している可能性は低いと考えられます。あの時にも言いましたが、滞留していた魔力残滓に岩の系統がありました。私の知る限り、シューヴァント先輩の部隊に岩の系統魔術を行使できる者はいませんでした」


「……後から追加された可能性はあるんじゃないか?」


「いえ、そもそも性質変化の系統魔術を行使できる者は多くありません。少なくともそういった領域に足を踏み入れた魔法使いは、特別な事情が存在しない限り何らかの部隊を率いる事になります。言ってしまえば、誰かの下に就く事はありません」


「なら、襲撃は別動隊によるものだと?」


「ええ、キ・ガルシュは今回の侵攻に正規軍の他に猟兵団を投入しています。別動隊と言うよりも、私は猟兵団による所業だと考えています。シューヴァント先輩が管轄する戦場で、正規軍が虐殺染みた行いをするとは思いませんので」


 その肌感覚の考察はアルにしかできないものだ。

 俺にとっては正規軍も猟兵団もどちらも同じ異世界軍であり、その違いが如何なのか解りもしない。


「猟兵団。金さえ払えばどんな事だって行う戦争屋です。目的が何かは知りませんが、この襲撃にも意味があるのでしょう。まあ、その意味が吐き気を催す程に邪なものかも知れませんが……」


 どうやら猟兵団と呼ばれる集団に対して、アルは良い感情を持っていないようだった。

 戦争屋。殺しを生業とし、金払いさえ良ければ善悪の有無は問わない。

 俺が知らない世界だ。開戦前にも紛争地には似たような者たちがいるとは聞いていたが、身近に感じたのは今回が初めてだった。

 しかし、そうなったとしても恐怖心をあまり感じなくなったのは、張り詰めた環境下で麻痺してしまったのだろう。


「関門海峡越えの件ですが……」


「ああ、俺も話をしようと思っていたところだ。ルートとしては海峡を跨ぐ関門橋を行くルートが一つ。もう一つは海底トンネルを抜けるルートが一つだ。また海底トンネルには三つのルートがあって、一つ目は自動車が抜けるトンネル。二つ目は在来線が抜けるトンネル。そして、三つ目は新幹線が抜けるトンネルだ。っと、自動車とか在来線、新幹線って言って通じる?」


「それは大丈夫です。ちょっとした裏技がありますので、これでも『偉大な魔法使い』ですので心配は無用です」


 やはり魔法は便利だ。

 さて、これから進むルート選択なのだが、現地の状況を知らなければ決めようもない。とは言え、関門橋付近に不用意に近づけば戦闘は避けられない。そして、普通に考えれば海底トンネルの方にも小隊から中隊程度の兵士を配置していると考える方が無難だろう。

 陸路がダメなら海路はどうか?

 いや、そもそも関門海峡は狭く潮流も速い。泳いで渡るなど愚行も愚行であり、船を用いたとしても現状では目立つ。そうなれば、魔法による狙い撃ちも有り得る話だ。


「トンネルを行くのは無謀でしょうね。挟み撃ちされた時の逃げ場がありません。海路を進むにも目立ち過ぎますし、狙い撃ちにされるのが容易に想像できます」


「――と、なると関門橋を正面突破なのか?」


「それはそれで無謀ではありますが、トンネルより多少はマシでしょうか?」


 何らかの手段を用いる必要がある。

 どうにか上手く関門橋付近にいる軍を動かせないものか……。

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