黒煙

五十里神楽いかりかぐらと言います」


 少女はペコリと頭を下げる。


「俺は桟敷純玲さんじきすみれだ」


「アルシナート・クレナ・フェルツです。アルとお呼びください」


 手短に自己紹介を済ませ、俺とアルは現在の状況を神楽に話す。

 アルがキ・ガルシュ人である事に対して、神楽は「命の恩人に人種差別みたいな失礼はできません!」と豊満な胸を張って宣言していた。アルが少しだけ自身の胸を見て神妙な面持ちをしていたが見なかった事にする。

 どうやら近くに避難民の拠点があるようで、神楽は食料を探しに散策していたところをキ・ガルシュ兵に見つかったようだ。


「自衛隊の方々も数人ですがいらっしゃいます。ですが、弾薬も尽きてしまい、厳しい状況ではあります」


 神楽が言うには、近々にでも自衛隊の部隊が駐屯する地へ移動する予定とのこと。

 だが、弾薬が尽きている状況で団体での移動は少々無謀のような気がする。

 幾ら相手が魔法を使うとしても、弾丸を当てれば人間である以上は死ぬ。遠距離武器である重火器が使えないとなれば、ナイフなどの近接戦闘を余儀なくされるだろう。しかし、魔法による攻撃の中で懐に果たして入り込めるだろうか?


「俺たちは福岡市内からここまで来た。俺の記憶上、福岡駐屯地はまだ大丈夫だった筈だ」


「福岡駐屯地ですか。此処は北九市の戸畑区ですので、それなりに距離はありますね」


 途中で魔法の訓練をしていたとはいえ、俺とアルの二人で此処まで数日を有している。避難民には子どもは勿論、老人もいる事を考えれば危険な道程である事は間違いない。またそれなりの団体を重火器の無い数人の自衛隊だけで守り切れるかの問題もある。


「実は関門橋付近にキ・ガルシュ軍が集まって来ている情報があります」


 神楽の言葉に俺は顎に手を当てる。


「何らかの作戦を実行する為に集結しているのか? でもそうなら直ぐに離れた方が良いのは間違いないか」


「ええ、先ほどの五人は統率が取れなければ唯の有象無象ですが、軍とは統率が取れているほどに脅威となります。それにこの辺りを指揮している者は……」


 そう言ってアルが指を鳴らす。

 映写魔法による資料のプロジェクション。戦争の始まりの日、空に男の姿が映し出されたソレと同じ魔法だ。


「これが魔法ですか」


 目の前で展開された魔法に神楽は目を輝かせる。


「ええ、そうですよ。それはそれとして、やはりこの周辺を指揮しているのはシューヴァント・エルリック大佐ですね」


「シューヴァントって、前に言っていたシューヴァント先輩か?」


「はい。常勝不敗として名高い名将です。部隊の練度も高いですが、何よりもシューヴァント先輩自身の実力が秀でています。『偉大なる魔法使い』とまではいきませんが、固有魔法も当然有しています」


「アルなら何とかできるか?」


「そうですね……一対一での戦いであるなら勝ちは拾えます。ですが、そうならないのであれば無理ですね」


 先ほどの五人の兵士程度のレベルが集まっている部隊であれば、どうとでもできるらしい。しかし、「それは絶対にありえない」とアルは断言する。


「先ほどの五人の胸にはシューヴァント先輩が率いる部隊のバッヂではなく別部隊のものでした。何らかの理由で部隊から離れたはぐれだったのでしょう」


 正面から打ち破る事は愚の骨頂。しかし、足踏みしていると面倒な事になるのは目に見えている。


「状況がどうであれ、神楽さんたちは早々に離れるべきでしょうね」


 アルは言う。

 敵が近くに来ている以上、戦地から離れる事は当然だ。

 しかし、移動の問題もあれば食料の問題、防衛の問題と山積みだ。


「あの……お二人が同伴する事はできないでしょうか?」


「それはできません。神楽さんはキ・ガルシュ人である私を好意的に見てくださいますが、皆が皆そう言うワケにもいきません。それこそ、家族を殺された者もいるとなれば猶更です。それに私たちはシューヴァント先輩を超えて、先に行く必要がありますので」


 そう、それは旅を始めるに当たり決めた目的地。この日本という国の中枢であり、あらゆるものが一極集中していた首都――東京。日本を任されているキ・ガルシュ軍の本隊も東京を目的地と定めていたらしい。故にそこに何かがある筈だと当たりを付けた。

 俺たちには何が何でも関門海峡を越える必要がある。


「そうですか。でも仕方ありませんよね」


 俯きそう言った神楽。

 少しだけ申し訳ななそうな表情を浮かべていたアルだったが、途端に眉間に皺を寄せた。


「アル?」


「戦闘の臭いがします」


 そう言ってアルは神楽へ問う。


「神楽さん、貴方のいた避難民の拠点は何処ですか!」


「え? それは向こうの――――」


 神楽がそう言って指を指した方向の空に黒い煙が上がっていた。


「嘘……」


「純玲ッ!」


「ああ、解っている」


 俺はザックを背負う。


「お母さんッ! 三枝みえッ!」


 神楽は煙の上がる方へと走って行ってしまう。


「おいッ!」


「後を追いましょう」


「っ――――ああ!」


 俺とアルは先に行った神楽の後を追う。

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