救出

 旅の道程は非常に穏やかだった。

 歩いては休む。その度にアルによるスパルタ魔法教室が開催されていた。

 だが、新しいものを得る。何よりも最近までは空想の産物だった魔法を得る事ができると思えば、何一つ苦痛ではなかった。

 そして、数日が経過した真っ昼間に、ようやく俺の魔法性質が判明した。いや、判明したと言うには語弊がある。正確には基本四属性のどれにも適性が無かったのだ。

 一応、基本属性それぞれの基本魔法は発動できた。しかし、そのどれもが適性を有している出力ではなかったのである。

 これにはアルも思わず首を傾げる始末だ。


「魔法の発動ができている以上、魔法式の理解はできている筈です。込める魔力の量、集積も問題ありません。魔力を保有している者に性質適性が無いという事はありえません。魔力を保有するという事は、何かしらの適正ある魔法を習得する事ができる証明ですので」


 しかし、現実として基本四属性の適正は皆無だ。

 少しだけ思考の海に浸っていたアルが小声で「まさか……」と呟き、俺の顔をマジマジと見つめる。


「四属性の適性が無い以上、考えられる適性は一つだけ。ですが、それはあくまで文献にのみ伝わる伝説の属性の筈。いえ、此処はキ・ガルシュとは異なる世界。であれば、その存在も有り得ると考えられるのでしょうか?」


 ブツブツと呟きながら再び思考の海へと沈むアル。

 そんな様子をボヤーっと眺めながら、俺は「ふぅ」と息を吐く。

 適性の有無はともかく夢にまで見た魔法を使う事ができた。それだけでも俺としては上出来だ。防衛手段を有していなかった中で、遂にその手段を手にしたのだ。出力云々など考えてもいなかった。


「火、風、水、地――うん、ただ全てが使えるだけで最強に見えるな」


 これは唯の自惚れ。流石に自覚している。

 未だ思考に耽っている様子のアルを眺めながら、俺は大きく背伸びをした。

 と――――、



「キャアアアアアッ!」



 何処からか甲高い悲鳴が響き渡った。

 その声にアルが反応する。


「悲鳴ですか……純玲、どうしますか?」


「え?」


 アルは俺に意見を聞いた。それに俺は眼を丸くする。


「良いですか、私は異世界人です。そんな私と一緒に居る純玲は、この世界の人々からすると裏切り者でしかありません。例え、悲鳴を上げた者を助けたとしても、虐げられる可能性があります」


 真面目な表情でアルは言う。

 そうだ。アルが脱走兵であると説明したところで、異世界人である事実は変わらない。

 悲鳴の主を助けても、アルの言う通り損を被る可能性だってあるのだ。

 だがしかし、何を迷う必要があるだろうか?


「アルが俺にしたように、俺は助けに行く。見捨てる選択肢は無いッ!」


 俺の答えを聞き、アルは満足げに頷いた。


「では、急ぎます。口を閉じてください」


「……え?」


 ガッ、と大地が抉れる音。

 同時に思いっきり引っ張られる感覚が全身を支配した。


「――全速力で向かいますので、舌を咬まないように注意してください」


「ちょっ――――うぇぇおおおおおお!」


 アルは身体強化の魔法を発動し、ザックを背負っている俺ごと引っ張り、最大速度で悲鳴の主のところまで突っ込んで行く。その際に腹の奥底から今まで出した事のない声が出る。

 物凄い速度で流れて行く風景に眼を回していると、アルが俺を掴んでいる腕を大きく振り上げた。


「……え?」


「申し訳ありません。どうにも走っていたら間に合いそうにありません。そう言うワケです、純玲――先に行ってください!」


「――――うっそだろォ、お前ェェェェ!」


「はぁぁぁぁああああアッ!」


 確かに身体強化の魔法は習得したさ。

 ただ、ザックを背負った状態でぶん投げられるとは、流石に思いもしなかった。

 猛スピードで宙を奔り飛ぶ俺。

 その先に少女とキ・ガルシュの兵士と思われる男が五人。

 俺はそのまま少女に覆い被さろうとしていた男一人に突っ込んで、そのまま仲良く地面を転がった。

 襲おうとしていた男がいきなり何かに吹っ飛ばされた事もあり、コレには少女も呆気に取られていた。当然、他四人の兵士も口が開いていた。


「っ――――身体強化が無かったら死んでいるところだったぞ!」


 頭を押さえながら俺は立ち上がる。

 一緒に吹っ飛んだ兵士は白目を剥いて泡を吹いていた。


「何者だ、キサマッ!」


 兵士の一人が怒りの表情で叫ぶ。



「何者……ですか? ええ、彼は私の協力者です。それと私ですが――名乗らなければ判りませんか?」



 そう言い放ちながら凛とした表情で少女を背にし、兵士らの前にアルは立つ。


「元キ・ガルシュ魔導大隊所属、アルシナート・クレナ・フェルツです」


 高らかにそう宣言する。


「アルシナート・クレナ・フェルツだとォ!」


 兵士の一人が叫ぶ。


「脱走兵と通達があった奴か?」


「ああ、だがそれ以上に奴は危険だぞ」


「アルシナート・クレナ・フェルツ。強力な固有魔法を有する『偉大なる魔法使い』の一人。二つ名は――『暴風雨テンペスト』だ」


 兵士らごちゃごちゃやっている間に、アルが一歩踏み出す。


「どうやらご存じのようですね? 兵士である以上、敵は殺さなければならないでしょう。ですが、無抵抗の女性を辱めようとするその愚行――万死に値します」


 気のせいなのか、周囲の温度がみるみる下がっていくような感覚に陥った。それだけの冷気をアルが放っているのだ。

 これはアレだ。アルさんブチギレ待ったなしだ。


「ああん? 何が『暴風雨』だ! こっちは四人であっちは使い物にならねぇ異世界人が二人。実質四対一だ。俺たちに負ける通りなど――――」


 瞬間、言葉を紡いでいた兵士以外の男三人が吹っ飛んだ。


「ぁ――――」


「これで、一対一ですね? ええ、貴方たちのような屑が何人もいたところで、全くの無意味です。無問題です。その程度の実力で束になったとしても『偉大なる魔法使い』には遠く及びません」


 文字通りの蹂躙。或いは無双。

 反撃すらさせずに、キ・ガルシュ兵を全員無力化した。

 一応、殺しはしていないらしい。


「流石に彼女の前で血を流すワケにはいかないでしょう」


 そう言いながらアルは兵士五人を偶然落ちていた縄で締め上げて、少し離れた場所へ放置する。


「縄に補強魔法を施しておきました。そう簡単には切れませんよ?」


「そ、そうですか」


「えーっと、どうしてそんなに引き気味なのでしょうか?」


「別にィ、深い意味は無いですとも、はい」


 単純にアルが怖かった、とは言えなかった。


「それよりも――貴方、大丈夫でしょうか?」


 アルは身を屈めて、震えている少女へ声を掛ける。


「は、はいぃぃぃ」


「……アル? 彼女、めっちゃくちゃ震えているんだが?」


「ふむ……私がキ・ガルシュ人だからでしょうか?」


 困り顔でそう言うアルに、俺は若干早口気味に真顔で答えた。


「いや、たぶん違う」


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